65歳で講師退職、クラスが変だ!スラブ研究会。

看護師を養成する学部の講師を永年していて、晴れて退職を迎えたクラスメートの話。ボランティアで分裂病やうつ病に苦しむ人たちの「いのちの電話」対応もしている。前にも書いたことがあると思うけど、彼曰く「1クラス50人だとして生徒の半分はうつ症状を呈している」と彼は判断している。そのために、彼はひとりひとりに自分の携帯電話番号を教えて「何か相談事があれば電話するように」と授業の終わりに言った。筆者の学生時代は、ランチタイムの食堂や喫茶店で同人誌仲間やクラスメートとおしゃべりばかりしていた。学園紛争を横目で見ながら、ノンポリが圧倒的な多数の中で、飲んで騒いで、バイトしてストレス発散していた。私も朝刊100部の新聞配達をして月額1万円を稼いでいた。

余談になるけれど、そのころの私は私は自分の学部と全く関係のない、スラブ研究会の定例会に行くのが楽しみであった。中村健之助(ドストエフスキー研究者)やロープシン『蒼ざめた馬を見よ』の翻訳者・工藤正廣(パステルナーク研究者)、ゲルツェンに詳しい人、何をおいてもラーゲリ帰りの『生き急ぐ』の内村剛介さんがいた。ソルジェニチィンの「収容所列島」は誤訳で正しくは「収容所群島」だとも教えてくれた.内村さんから詩人の石原吉郎、画家の香月泰男の存在も知った。次々と私は勉強課題が出てきて、学校の授業どころではなかった。ロシア文学が賑やかであった。

話題を戻して、彼が言うのには、ここ10年(いや15年前)以上前から生徒が変だと言う。教室の中でクラスメート同士のおしゃべりが圧倒的に少なくなってきているというのだ。彼も私もうるさいほど教室で討論や会話の中で過ごしてきたので、反動で静けさを強く感じたのだとは思うが、それにしても雑談が無さ過ぎる。しかし、自分への携帯電話相談はクラスの生徒から頻繁に鳴るのだと。「そのくらいのこと、仲間に相談すれば済む話をわざわざかけてくる生徒もいるのだ」と。中身は今度会って、聞かないといけないが「自分で解決する習慣がないのではないか」。

そういえばパソコンが企業に入ってから、社員同士のメールが始まると隣の席の人に「今夜飲まない?」。口頭ではなくて文字での伝言(メッセージ)に変更だ。第三者からみると秘密結社みたいな世界だ。口頭で言うと、来なくていい説教屋が突然参加する危険を回避する行動だと思えばいいのだろうけど、もっとフランクな弱い人間関係のいい加減な世界を許容することができないのだろうか?きつい人間関係は厳しい排除を必ず生むから。新興宗教も既成の宗教もいざとなったら、必ず排除行為・言動が出てきて殺し合いが始まる歴史を2000年以上にわたって人間は繰り返していることを思い出したいものである。

 

 

 

クレーマーの増加の背景。

2015年9月15日の記事に手を加えました。

食べるものも飲むものも、すべて自分でつくり、自然とみずから対峙して生きて、SEXをして子供をもうけて、自分で倒した木で家をつくり、妻の出産も手伝いし、家族を養えれば、貨幣も要らず、自分の暮らしに関わる人も少なく、クレーマーも生じない。どこの組織やシステムに頼らず生きられるからである。しかし、「近代化とは生活に必須なインフラをすべて他者に任せていくプロセスだ」(鷲田精一)。『この世はウソでできている』(池田清彦・新潮社 192pに引用)

他者は大きくは太陽や自然、身近では国や制度・法律、自治体や企業や学校や家庭や親たち、またすべての他人。水や食料やエネルギーもお金を払うことによって供給されるシステムの中で生きている。この供給システムに不具合が生じると人々は自身の力では生きていけない。その不具合も我慢のできる範囲なら、直るまで待つが、我慢の限度を超えると突然、クレーマーに変身する。

水がでなければ水道局へ。虫の入ったパンは食品会社や消費者協会へ、停電は電力会社へ、子供の内申書については担当教員や学校へ、テレビ番組についてはテレビ局へ、新聞記事についても新聞社へクレーム。あらゆることを他人任せにしている世界は、自分では何もできないのでクレーマーにならざるをえない。あとはその言い方が適切かどうかだけが残る。システムから来たものをシステムへ返す。顔の見えないシステムへクレームを出すときに出てくるのは代表電話やネットを利用しての指摘だ。コールセンター勤務の人に聞くと、相当にたちの悪いクレームはベテランが受話器を取るらしいが、いまは発言はすべて録音されているから、脅しや度を越える発言は後日、訴えられる可能性もあるから要注意だ。

学校の教師が辞める原因が、保護者からのクレームによる場合もある。1本のクレームが他人の人生まで左右しかねないものだと思いたい。新聞社に『読者相談室』がある。記事をめぐって『クレームの嵐』が吹き荒れることがある。電話を取るのが怖くなり、鬱症状を発症した人もいて、別な人は、心を宇宙に飛ばせてSFを読みながら苦痛に耐えていると聞いたことがある。言う側はすっきり、受けてがっくりである。クレームを趣味にしている常習犯もいるし、またクレーム電話を自分のおしゃべり相手と勘違いしている男性も多いと聞く。

企業側も『検索キーワード』でネット上での自社へのクレームを探して歩く会社と提携し、炎上する前に防ごうと躍起になっている。実は筆者自身も、ことしの8月にとあることでブログを書いたらさっそく炎上寸前になったことがあって、その記事を削除したことがある。一度、アップされた記事は、どこかに残っているはず。実際、炎上事件は他人事と思っていたら自分に降りかかるのだから気味の悪い1週間であった。私が新興企業の対応を名指しで批判をしたのである。仕事をしていれば、クレームを受ける側とクレームを出す側に、消費者に戻ればクレームを言う側に同じ人間が両面を持ってるのが現代だ。

しかし、一概にクレームを否定的に捕えるのは、権力側にとって都合のいい価値観であるのは申すまでもない。年金問題(台帳紛失、打ち込みミス)が発生したときに『社会保険庁』は誰ひとり責任は取らず、組織名を『日本年機構』と改称して逃げた。『シャホチョウ』という語彙のメディア頻繁露出にトラウマ解消対策である。1本のクレームで教師が辞めたり、企業が存亡の危機に立ったりする。弱い個人が大きな武器(SNS)を持っている。SNSに出す前に、直接談判の方が穏やかな解決に進むと思うのは私だけだろうか

座布団貸してください、はいどうぞ。

 

座布団貸してください、はいどうぞ。

 

春になるとどこでも学校の先生の家庭訪問が始まる。先生の滞在時間は約10分から20分だが、迎える親側(ほとんど母親)は緊張する。どんな話をしたらいいのか、息子が悪さをしていなければいいなどと妄想する。「そういえば、先生に座ってもらう座布団が家にはない」ことに気づく。私の育った札幌東区は工場労働者の街で、客のための座布団を持っている家は少ない。ソファもなくて、ほとんどがちゃぶ台である。そこで、近所に声をかけて「座布団を1時間くらい貸してもらえないか?」と言えば「ちょっと待って、うちにはないが○○さんなら持っていると思う」と借りてきてくれる。借りた座布団を敷いて先生を待つわけだ。困っていたら助け合う地域社会が東区に限らず札幌じゅうの街に残っていた。相手に喜ばれることが自分の喜びであるかのような人生観である。その分、相手に自分の家の中を晒すことにもなる。兄弟や子供の成績や親戚関係まで熟知される。うるさいけれど、その中でどこか安心の共同体であった。子供たちは友達の家に遊びに行くと、親がいなければ、平気で冷蔵庫漁りをする子供もいた。あるとき、中学の同級生の弟が体格が大きいので相撲部屋に入ることになり、親方がやってくるというので大騒ぎになった。もちろん座布団がない。「いったい何人が来るのか?座布団は何枚用意したらいいのか」と隣近所で座布団をかき集めて親方を待って、晴れて相撲部屋に入った。親方たちの大きなお尻を近所から借りた座布団が支えていたのである。昭和39年ごろ、相撲の星取表があれば、序二段で佐藤(札幌)というのがその人で、関取になれず、ちゃんこの店で働いていると噂を聞いた。