ペストの歴史(1回目)2016年1月30日の再録

きょうから7回にわたって、ペストという疫病の歴史を書きます。ベースは下記の本。黒死病が歴史を変えていることにも気づかれるはずです。私のブログ読者も20代や30代が半分以上になって、ペストについて初めて読まれる人も多いはず。

ペストの歴史(宮崎楊弘)山川出版(1回目)

DSC05085

人口の激減をもたらしたペスト(黒死病)の歴史を読み始めた。日本では旱魃による飢えや地震・火山噴火・チフス・武士同士の陣取り合戦などで大量死が起きているが、ペストが上陸して死者が出たのは1899年神戸に上陸、2420人の死者発生で済んだ。


しかし、世界の歴史に目を転ずると大きな大量死(ペスト大流行)の波が3つある。第1波は541年~767年、第2波は1340年~1840年、第3波は1860年~1950年まで。


きょうは第1の波について。法律の原点ともいえる「ローマ法大全」を編集させた東ローマ帝国ユスチアヌス大帝の時世にエジプト(エチオピア)あたりから始まり、陸路・海路で広がった。


ペスト菌はネズミやリスなど齧歯(げっし)類の体内にある菌で、これが人間の近くに住むドブネズミやクマネズミに広まり、ノミがネズミの血を吸いペスト菌を増殖させて、人間に刺咬(しこう)して移す。ヒトからヒトへは飛沫感染する。ペスト菌は摂氏マイナス2度からプラス45度まで生存する。スカンジナビア半島やサハラ以南で流行らないのはそういうわけだ。


しかし、この温度内なら感染者の衣類が自宅にあれば、冬の間、ペスト菌は生きながらえて次の年に再度猛威を奮う。そこで経験的に遺体を焼却処分や海に捨てたり、山へ捨てたりしたが、余りに人数が多くなると浅い穴に入れることだけになり、雨水でペスト菌が流れてきて住民を襲うことになるからやっかいだ。行政や経済はストップ、人間関係もストップだ。外を見ると人気(ひとけ)があっても「遺体を運ぶ人」が歩いているだけというぞっとする光景だ。健康な人は家の中でじっとしているだけというが、食べ物はどうしたのだろうか。


ペストの流行は、パンデミック以外は大体10年ごとに小さな流行があるので、極端なことをいえばヨーロッパの歴史はペストという病気の中でルネサンスや宗教改革があり、戦争があり、国民国家の形成があり、キリスト教徒の信徒が爆発的に増えたといえるかもしれない。私たちが学校で習った歴史は、ペストの流行は文化史や医療史の末端でしかなかったが、実は病気の中で毎日の歴史が育まれた、絵画や彫刻が作られた、印刷技術もペストの恐怖と闘いながらひょっとしたら生まれてきたのではないかと思うと歴史観が変わると思うがどうだろうか?


エンデミック(局地流行)がパンデミック(桁違い流行)になると社会はどうなっていくのか?現代なら直接に他人と接触しないネットの活躍の場面を想像するが、ネットには莫大な電力を使用しなければいけない。その電力を作るために火力発電所へガスや原油を供給する人たちやそれを輸送するタンカーやトラックの運転手が必要だ。そのインフラを維持する人がいてはじめてシステムは機能する。そういう維持をする人がいなくなるのだ。ネットは電力を食う。


話を6世紀のコンスタンチノーブルに戻れば、542年だけで首都の人口の20%が失われたとされる(誰もかぞえていないので昔の数字は当てにならないが)。544年3月23日、ペスト終息宣言をユスティニアヌス帝はしたが、ブログで書きたかったのは、生き残った人たちの次の行動である。「ペルシャ戦役史」を書いた歴史家プロコビウスの目撃証言だ。


「生き残った人々はホッとする。精神的な重圧から解放され~~病気から(自分は)救われ、呪いが他の人々にかかって自分たちがすでに安全だと思うや、そのときには、人びとはたちまち変節し、これまで以上にあらゆる種類の悪事と違法行為に、いつにない手並みを見せるのであった」。(筆者注:生々しい表現であるがさもありなんである。)


全体が200ページのまだ20ページしか読んでないが、この話は続編を書いていきます。学生時代に立川昭二「病気の社会史」を読んで感動したとききの記憶が蘇った本だ。ジャンルは違うけど、局地流行が桁違い流行に変わるのは、現代、SNSで広がる光景に似ているのではないだろうか。

健康についてほか・・へそまがりブログ

健康病の恐ろしさ・健康帝国からの脱出

これは伝染性を持っていて、他人に伝染させることを生きがいにしている。そして自分は正しいと思い込み、周りを健康情報で蔓延させる。いまのテレビ番組や新聞はほとんど感染状態で、特効薬は番組を切ること。新聞購読を止めて自衛策を講じる。

 

本屋へ行っても「健康」と名のつくコーナーへは近づかない。タバコが本当に肺がんの元凶とは思われず(筆者の見解、向かいの92歳のおじいちゃんが毎日ヘビーに吸っている)、むしろ車の排気ガスが原因だと思うが、自動車産業に従事する社員の数、石油化学に従事する人たち、GDPに占める%の高さ、過疎地域の足の手段、観光やホテル、修理場やディーラーで生活の糧を稼ぐ人たち、車の膨大な広告費で高い給与生活を維持しているテレビ局社員たちを考慮すれば、多少の健康の害は(二酸化イオウ排出など)目をつぶって、タバコ産業が生け贄になったわけである。そういう偏見を私は持っている。

 

このブログでも「健康帝国」で作文を書いたが(4月3日)、ほとんどの製薬メーカーを回り、営業マン(MR)の方々と余談をしたり、禁煙外来を設けるに至るまでに「日本医師会へ」膨大な寄付が製薬メーカーから寄せられていること。依存症と位置付けて病気にすれば、健保で薬を処方できて莫大な利益が薬メーカーに入る。国民皆保険であるがゆえに、薬メーカーは、薬好きな国民とあいまってモルモット状態にしている。病院と共犯関係にある。

 

たとえば、血圧降下剤がボケ人口を増加させているとしたらどうだろうか?血圧が高くないと血流が十分に脳へ回らない。高血圧者の方が長生きだと言う統計も出ている。コレステロール値もLDL(総コレステロール値)が140m/gmを超えると「はい、薬を飲みましょう」だ。ある学者が5000人のコレステロール値が140を超える人を5年間、追跡調査をしたら、低い人の死亡率が高い人より5倍高かった。コレステロールの場合、遺伝性以外、この数値はたいして意味がない。

 

意味がないことに、生活をかける開業医、薬局、薬メーカー、薬問屋が税金とモルモットである国民を食べている図式だ。加えてサプリだ。知人の奥さんが健康食品マニアで、山のようなサプリメントを食べていたが、あるとき脳梗塞で倒れた。手術して治ってから「もう、サプリメントは信用しない。金返せですよ」と見舞いのときに言っていた。

 

必要のないものを必要なように洗脳して売る商売。健康が絶対神であるかのような宗教の跋扈。どうにかならないか?「私は健康志向ですよ・・」といわんばかりに走っていたり、自転車乗ったり、「自分大好き、自分の健康だけ大好き人間」のナルシスト集団が今日も町を闊歩している。他人への説教だけはしないでね。どんな健康人も寿命が来たら尽きるのだから。

突然の雪が(帯広にて)4月18日

4月18日、突然の大雪に帯広が見舞われた。

筆者は仕事で、4月18日、帯広から北東へ50キロの本別という町に入札に行った。朝10時の入札に間に合うよう、ホテルの朝食も食べずバスターミナルへ行き、春の景色、十勝の青々としてきた畑を眺めて本別町へ。本別という町、筆者も初めて行く町でした。松山千春の故郷(足寄)の南に位置します。

本別町の位置です

前にも書いたように、北海道は広い。道産子でも北海道を一周した人は少ないのではないかと思うほど広さです。その中でも分厚い十勝平野。どこまで行っても畑と牧場が続きます。畑は豆類とビート(砂糖の原料)とジャガイモ・小麦など。本別は「豆王国」とも言われています。十勝全般にいえるのですが、和菓子の基本あんこの原料はほぼ十勝の豆が使われています。京都の和菓子も三重の赤福もみんな大豆の出所は十勝です。その本別に義経伝説もあります。この義経伝説は日高地方にもあるし、日本海にも義経岩があったり、幅広く伝説が残っていて、ひょっとして東北から生き延びてきた義経が道内をぐるりと回って、そのままジンギスカンになった伝説を裏付けるために作られたかもしれません。高木彰光のSFでもありましたが。

こんな銅像もあります。

北海道には「別」で終わる地名が多くて、江別(大泉洋が育った市)、当別、穂別、秩父別、紋別、士別、津別、幾春別、愛別、本別、門別、余別、陸別、女満別、浜頓別、登別、喜茂別などまだありますが記憶をたどると筆者の頭ではここまで。アイヌ語で『大きい川』の意味でpet=ペトゥ=別。本別町の役場の人と話すと、やはり若者の人口流出による過疎化に一番興味を示してました。だからどうやって増やせるか?JRも池田町からふるさと銀河線が走ってましたが、廃止されて、駅は現在道の駅として町の物産を扱うショップとして活用してました。若者は役場の中、またたぶんJA(農協)で雇用はされてますが、また親の仕事を引き継ぐ子供がいれば安泰ですが、その辺まで詳しい話は聞けませんでした。

 

本別は現在、豆の中でも黒豆に焦点を当てて商品開発を進めています。本別ブランド「キレイマメ」です。筆者の無知なゆえ、慌ててにわか勉強をしてますが、同じ道民として恥ずかしい限りです。

https://www.town.honbetsu.hokkaido.jp/kireimame/commodity.html

 

ともかく4月18日、入札を終えて帯広へ戻るとき突然の風雪が来襲。雪解け終わる大地に再度、雪が積もる。去年は三つの雨台風が連続で襲い、厳しい収穫の秋となり、全国の野菜の高騰を招いた。それに10年20年かけて作った土壌に大打撃。立ち直ろうとした矢先に、今度は爆雪である。自然との闘いは100年以上、現在も続いている北海道。