この世でいちばんすばらしいのは・・・・。(4月8日掲載)

この世でいちばんすばらしいのは・・・。

≪この世でいちばんすばらしいのは、家のなかに家族がいて、静かで、ゆったりと、平和で、いやまったく『ありがいこってす!』としか言えないこと。それだけのことが、なぜ、なかなかできないのか?≫(長田弘 すべてきみに充てた手紙23通目 晶文社 p85)さらに、のこしたい10冊の絵本の紹介で『100まんぴきのねこ』を≪この世でもっともかわいいねこをさがして、最後にのこったのは、ただのみっともないねこ。もっとも平凡な存在こそもっとも大切な存在あることを思い出させる、素敵な絵本≫と紹介している。生きている人生の核(コア)がここにあるような気がする。

ここに至るまでにずいぶん私たちは遠回りをしている。お祭りやイベント慣れをしてしまって、どこかに美味しい食べ物はないか、お祭りはないか、有名人は来ないか、コンサートはないか、飲み屋でわいわいできないか、誰と行こうか。家の中に、静けさや平和をかき乱すあれこれを自分たちみずからで招いているとはいえまいか。たぶん、人間はこれを退屈と考える思考の癖にはまってる気がするのである。

これはたぶんこの国だけのことだけでなくて、隣の韓国でも中国でもアメリカでもヨーロッパでも共通の人生の核(コア)を妨げる事件が起きている。中村哲さんが残念な結果にはなったが、彼が目指していたのも、家族の静けさや平和を妨害する、病気や水不足や食べ物不足の解消、働ける雇用場所の確保、安心して暮らせる村づくりではなかったかと思う。壊すのはカンタン、戦うのはカンタン、威張るのはカンタン。しかし、作るのは大変、辛抱するのは大変、謙虚は大変、人でも食べ物でも育てるのはそれ以上に大きな仕事であることを身をもって私たちに命がけで教えてくれたのである。

『静かで ゆったりと 平和な』というのは考えてみるとたぶん私たちが記憶には残っていないが、この世に生まれて自宅の隅っこに置かれてすやすや眠っているとき、母親やおばあちゃんが赤子を起こさないように静かにして、編み物でもしている風景と重なるのだ。私的にも初孫が産院から自宅に戻り、床の間の掛け軸の下で3000グラムを横たえていた景色ともダブるのである。私たちが生まれたときの静けさ、平和の原風景が実は未来の風景でもあるかもしれない。最初と最後はこうしてつながっているのかもしれない。

4月6日午前10時30分 新千歳空港 

とんでもない仮説であるが、人間は失敗するように選択し続けているのでは?(4月25日再録)

私たちのいろいろな岐路で・曲がり角でAの道を行くか、Bの道を進むか、はたまたCのほうがいいかなと思って選ぶのは『失敗の道』ではないか。『本来はAの道を行きたがったがBを選択した』という単純な話(仮説)である。

他人とざっくばらんに話されることではなくて、誰もいないところで心の深奥を覗きこむと、学校の選択や配偶者の選択、職業の選択を考えて、実は本来的な希望ではなくて、別な要素(両親からのアドバイス、先輩から強く勧められた、友人がいいと言っていた配偶者だ、)が大いに働いて、その結果、選んだのはいいいが、30年経過して『失敗するような選択』を私たちは人生でし続けてきた。そんな真逆な人生観を、最近、私は考えているのである。

企業においても『行かなければいいものを、あっちへ走って失敗、倒産』も中身を見ると、経営者の頭の中にあるものが見えれば(可視化できれば)、怖い話ではあるが失敗して転ぶような被虐的な心理が経営者の中にあるのではないかと思う。この考え方は、ダーウィンの生物進化論を社会に適用した社会ダーウィニズムと反対の考え方である。経営者はどこかで、「この会社を潰してやれ、自分がトップを去ることが決まれば壊してやれ」と思う事例を何度も見ている私だし、フロイトの心理学で言う(死への本能)が働いているのではないだろうか。

60歳を過ぎて、いろんな人と会話するうちに『司法試験に落ちて公務員になったとか』『新聞社の記者志望であったが、実力的に安全な業務に入ったとか』『勤め先は決まっていたが、父親が急死して仕方なく建設会社を継いだ』とか『結婚を約束した女性がいたが彼女の両親から猛反対されて諦めざるおえなかった』とか、私たちの人生は自分では選んでいないというのが真相で、運よく選ばれた人生、ラッキーが殆どで、就職にしても親のコネで市役所やJR、警察、様々な社団法人に勤める人も多いが、果たして本人の希望かどうかは疑わしい。食えれば何でもいい、手段はどうでもいいといえば何をかいわんやであるが。

大都市で実施する大きな税金をばら撒くオリンピックはじめイベントは実は、参勤交代を思い起こせばわかるけれど、その国の国力を減退する方向にしか作用しないと思ったほうがいい。新幹線は東京五輪がきっかけと言うが、別にオリンピックがなくとも作れるものは作ればいいだけで、技術力もあり世界銀行から借金して作った。リオ五輪の後、沢山の負債で苦しんでいるブラジル。西武のための長野オリンピック競技場跡地利用もリュージュコースは廃止の方向。ゼネコンとホテルだけが喜び子どもたちに負債を残すことが決まっているのである。なんだか昨日の東京オリンピック廃止をの続編のようだが、人間は過去に学ばない。必ず、失敗の選択をすると思って何もしないほうがいい。

東京へこんなに一極集中して、その後どうなるか考えている人はいるのだろうか?北海道の片田舎から見て、東京は都民全員でお風呂に入ってる民に見える。「いい湯だな・・・いい情報が入るわ・・・」しかし、こういう状況が一番危険なことを知って欲しい。集中は災害に超弱いのだということを。一番は水や食べ物、冬であれば寒さ対策、車や電車というインフラでの移動ができなくなるとどうなるか。考えるだけでぞっとする。もっともっと分散して住まないといまに大変な事態になる。

考えてみると、一番「失敗するように選択し続けているのは、この国の国民や為政者の都市づくり、一極集中で壊滅的な東京の街づくりではないか」と夢想する。「興隆の原因は没落の原因と同じである」(塩野七生)とりとめのないブログになってしまった。

 

ニュースが何もない一日。

以前、きょうは事件は何もありません・・・というブログを書いたことがある。再録するとこうだ。

ニュースが何もない一日。

筆者が小学校3年のとき初めてテレビを自宅でテレビを見た。

テレビは「きょうはニュースになるような事件は何もありませんから、静かに安心してお過ごしください。ではさようなら」。新聞も1面で「きょうは伝えることがありませんので、真っ白な紙面です。お悔み欄だけは〇〇面に収容しました。明日も何もなければ、きょうと同じ紙面になります」。


今日から見れば、これは異常な事態かもしれないが、想像をたくましくしていただければわかるけど、新聞発行される明治5年「東京日日新聞創刊」以前は、号外や立札や噂話で庶民は事足りていたのである。(ちなみに明治8年にすでに新聞の戸別宅配という制度を作っていた)


私のきょうの話はメディアがあると、事件は作られやすいということである。たぶん私は事件や事故や殺人やイベントや騒音や、そういう事柄がない静かな環境を無意識に欲しているのかもしれず、そうなら山の中に行って仙人にでもなればと言う人もいた。そういうことではなくて、十分、静かな日常は送れると思うのだが。日曜日に娘婿を迎えに新千歳空港へ行くが、人人人。(コロナ以前の時期であった 追加記事)


先日、美瑛と富良野へ撮影に行った友人からメールがきて、「自分たちが外国人ではないか」と錯覚するぐらいの国外観光客ラッシュだと。小樽へ行った別の友人も同じような内容のメールが来た。茹でトウモロコシが1本500円だとも。せいぜい高くても300円が相場。どうして小樽はこういう値付けを平気でするのだろうか?昔、寿司の値段を巡って作家の故渡辺淳一が酷評して大問題になったばかりなのに、過去に学んでいないね。


きょうのテーマは「ニュースが何もない一日」だったね。そうか、動いてあちこち行くと、そこに人の波があって、私に耳と目と言葉があれば何かを目撃して、さらにメディアと接触したり、携帯やパソコンがあれば使ってしまう自分の感性や手段があって、自分はお喋りときているから、そもそも無理難題なテーマを掲げたに過ぎない。


けれども一日でもいい、殺人がない、自殺がない、せめて事故がない一日があってほしいと切に思う。私たちの感性が、そういうのは当たり前に起きることだよと当たり前に思うことが当たり前ではないのだということに気づきたいものだ。身近に防げるものには防いでいきましょう。NEWの複数形がNEWSか?せめて事件が複数から単数形になってくれればね。


日露戦争で偶然にも日本が勝って、その勝利に歓喜したのはいいが、次の目標を失ってしまった若者たちが「何か面白いことはないか」と彷徨する風景を石川啄木は「時代閉塞の状況」というエセイで書いていた。現代でいえば(どこか美味しい店はないか、楽しいイベントはしていないか)とネットで調べて走り回っている多くの人にも見られる。昔も今も、退屈は若者だけでなく、人間が根源的に持っている病気かもしれない。満腹した動物が無駄な動きをせず、じっと座ってるか寝ているのが生物として正しい生き方を、人間はどこかで狂ってしまったのかもしれない。文化や文明を作ってしまった。