1年間、ありがとうございました。2082回目のブログになりました。

本屋でNewsweek12月最終号のタイトルを見て買った。表題はIssues2021。副題はウィッズ・コロナ/アフター・トランプの世界を読む。表紙に書かれたテーマは6つ。1)人類はパンディミックをチャンスに変える。2)コロナで世界がアジアに学ぶ 3)中国の台頭はバイデン政権の好機。4)周近平が歩み出した茨の道。5)日本に迫るモデルチェンジの時 6)静かな金融危機が回復を脅かすほか。

こんな小見出しが並んでいる。どの特集を読んでもパンデミックと関わらないテーマはない。興味ある方は立ち読みを。

2月の初めにさっぽろ雪まつりで雪像関係者から武漢発の新型コロナが発見され(当時PCR検査は200万都市でわずか12件のころ)、次に北見で暖房展があり、参加した業者が罹患し、次に雪まつりに関わった広告代理店の社員がかかるなど、雪まつり観光に来た武漢及び中国観光客が新型コロナ患者になり札幌市内で増えてきた。全国ニュースで「札幌危ない」「北海道危ない」と報じられた。札幌から不要不急の用事がない限り出るな・来るなと宣言が出た。

今から考えると、たとえ雪まつりがなくても、観光客が格安航空機を使って来道する限り、感染増加の時期は変わっても患者は増え続けたことは間違いない。新型コロナウィルスも通常のインフルエンザウィルス同様寒さに強く、北の大地で伸び伸び拡散したわけであるが、検査数がお粗末な当時であったから札幌市内で3月12日で9件、5月4日で29件。だらだら日々20件内外が10月1日まで続いた。10月5日は35件、10月31日54件、11月7日141件、11月19日197件と急増していく。PCR検査機器が増えて、民間の検査機関でも検査可能になったことが罹患数を増やすことにもなったが、台湾や韓国と違い無料でのPCR検査をこの国の政策として取らない方針が相当早い時期から決まっていたのではと思わざるおえない。なぜだろうか?日本の医療の根本に関わる、初診は必ず医療機関からという原則の死守がある。

10月のある日、私の妻が急に38度まで熱が上がり、緊急電話があって帰宅した。所管の千歳保健所へ電話してPCR検査を受けたいのだがと相談したら「近くの主治医からの紹介がないと教えられない」。道庁へ電話しても同じ答え。PCR検査代金は誰かコロナ患者が出れば周辺の人たちや家族は無料だが、勝手に調べるのは有料だとハードルを上げている。幸い、次の日には36度に戻って何事もなかったが、ずいぶん危うい検査体制を作っている。初診という病院の既得権益をがっちり守っている。検査がどこでも気軽にできて、その報告を保健所を通じて医療機関へ流すことをすればもう少しなめらかな対応ができるはずと思った次第だ。都心で3000円以下で抗体検査ができる施設に都民が訪れているのも、自分を調べたいからだ。しかし、そこで陽性反応が出ればどうするかマップがない。などなどいろいろありますが、1年間、ご愛読ありがとうございました。365回、ことしも掲載できました。気合で続けてきたとも思います。来年早々、再度、心臓カテーテル手術を予告されてる身。60歳になる主治医もやる気満々なので私も答えなければいけません。皆さまもご自愛くださいまして良いお年をお迎えください。

きょうの暮らしは、明日も続く!?(新型コロナ流行る前の12月31日)

『今日の暮らしは明日も続く。そう考えているのは、何も地方の人間だけじゃない。企業で働いている人間の大半がそう考えているからね』(楡周平 鉄の楽園 204P)『新業務で必要とされるスキルと本人が持っているスキルが一致しない、配置転換しようにも、行き場のない社内失業者が日本企業の全従業員の1割もいるっていうんだ』『1割って・・・』『四百万人・・・』『それが2025年には五百万人にもなるだろうって、予測されているそうだ』(同著191p~192p)『・・・対応できないのは、中高年社員でしょうから、当然、人件費は高額です。社内失業者に高額な給与を支払い続けていれば、競争力を失いますよね。まかり間違えば、倒産ってこともあり得るんじゃ・・』。(2019年9月出版)

『鉄の楽園』から気になったフレーズを引用したが、主人公の商社マンが中国に対抗して新幹線輸出計画を立てるのだが中国の賄賂攻勢で危うい状況だが、北海道にある鉄道専門学校を復活させて、ソフト面(鉄道に従事する現地の人たちを教育する学校と連動)を充実させて、新しい大統領の信頼や財閥の御曹司のアドバイスもあって、中国のIR業者に勝利するサクセスストーリーだ。

私も考えてみるとウィンドウズ95が発売されて社内失業に近いところに立ちすくんでいた。ところで、社内失業者の絶対人数がほんとうに400万人もいるのか?無資格者が自動車会社の最終審査、鉄鋼業界は、品質データ改ざん、新幹線でも台車に亀裂、異常を察知しても運行続ける、これまでジャパンクオリティのシンボルが音を立てて崩れている。どこか何か狂ってきている日本社会だ。ある新聞社の30代半ばの人が『新聞社の半分の人間は要らないよ』。しかしだ、彼らに給与を払って、使ってもらい消費社会が回る、物が売れる、子供の教育費として高校や大学へ支払われるわけで、紙幣が回ることで助かる人々も多いのだ。バブル期なら市場で運動する紙幣が有り余るほどあれば、余裕の仕事を正社員がして、たっぷり時間と労力をかけていたのを、スピード・経費節減・納期厳守が企業方針として出されて、最終検査も手抜きになった。

どこをどう直せばいいのかわからないのが現実で、現場にいない評論家や大学の先生方は正しいことは言うが直せない、自分が出て行って立て直しをする意欲があれば手を挙げてその企業に出向いてみてはどうか?また、企業もそういう人材を臨時的にアドバイサーとして働かせる仕組みが必要ではないか・・・。企業と学校を行ったり来たりする人がたくさんいると考え方にも変化が生じて、プラスにはなってもマイナスにはならないと思うこのごろだ。最も早い解決法だと思う。そういうアドバイサー能力の高い人は私も周りにたくさんいるが共通はシャイだだから目立たない。

そしてきょうは2020年12月30日だ。

自分を見て欲しい、評価して欲しい。

「私たちはパンだけでなく、バラも求めよう」(ウィリアム・モリス)。「暇と退屈の倫理学」(国分功一郎 朝日出版社)。人類の祖先たちは獲物を獲得したり、木の実をたっぷり集めたら、残りの時間をどうやって過ごしていたのだろうかと考えることがある。


サバンナで獲物を捕獲して食べた後、昼寝にいそしむライオンたちを見て「なんて充実した人生を送っているのだろうか」「あの満足感や自足感を漂わせている」「死ぬ時も抵抗なく静かに死んでいく。子供のライオンが他の動物に捕獲されて食べられても、まだ残ってる子供を連れてよそへ行く」シンプルで素敵な生き方だと感嘆するのは私だけだろうか?別に動物だけでなくて、庭のアリやブルーベリーの実を食べながら交尾するハチを見ていても、自然は凄いなと改めて思う。恥ずかしながら、若いときは花や植物に興味も薄かったのに、50代後半から花を愛でるようになった。


ツナギトンボも上空を飛びはじめ、台風接近ながら、独身のトンボは低空飛行で庭の竹の上に止まっている。そういえば独身のときにトンボを見て、早く結婚してツナギになって子供を作れよ・・と思ったこともある。しかし、人間と違って彼らは「自分を見てほしい」と思いながら生きていないのに感動する。


死が来たら黙ってそれに従い、周りから「ああだ、こうだ」と言わせない。熟過ぎて落下したベリーの実をスズメたちは取り合っている。芝刈りをしたら土から這い出す虫たちを食べにまたスズメがやってくる。私もスズメだったら、人間界の言葉も覚えず、学校へも行かず、試験もなく、就職もなく、年金がない代わりに親切にも鳥台を置いてくれる家もあり、水差しまで用意している家もあるからそこへ行けば生き易い。


庭で彼らが戯れてるときは、できるだけドアやカーテンを開けないよう気を遣う。食べて交尾して子孫を残すだけの営みだけど、こういう行為がアフリカやアマゾン、東南アジア、シベリア、アメリカ、ヨーロッパ、日本国中で毎日繰り広られてる。


テレビをつけると「私を見てくれ、私はこう思う、私の芸を見て評価して、私の作った新しい天気図を見てね、私のもの知り具合を心に留めてね、僕のホームランの凄さを見てくれ、どうだオリンピックのメダル見てくれ、これも皆さんのお蔭だ、息子の不祥事に足がふらつくお母さん女優etc」キリがない。鳥や虫や動物たちの「私を見てね」のない人生が素晴らしく思えるほど、他人の評価に毒された人生を送ってきたのかもしれない。さて、これからどうしたらいいのだろうか。


「暇と退屈の倫理学」が奥が深くて、再度感想を書く予定です。パスカルは人生すべて暇つぶしと皮肉ってます。ほとんどの哲学者は暇や退屈、倦怠について考察してます。(部屋でじっとできない人間の性<さが>なんでしょうか)。退屈の解消としてレジャー産業や仕事が存在するともいえる。