映画に出るアメリカの家族について

クリント・イーストウッド監督と主演作品「運び屋」を見て、筆者が「この映画、最後は外で遊んで、家族を顧みず生きてきた主人公と娘と妻との和解ですね。」臨終のベッドで妻から「そばにいてくれたらお金なんて要らないわ」とは泣かせると私がメールしたことについて・・・知人から。

アメリカでは家族が最優先、これは実際にそうなかもしれませんが、
家庭崩壊した主人公を、メディアに出さないという清教徒的な圧力も大きいです。

刑事コロンボのシリーズ化前の単発作品では、
ヒーローは、同時に良き父、良き夫でなければならないとする
スポンサー側と監督(確かスピルバーグ)との軋轢がありました。
で、決して登場しないが絶えず話に出てくる「うちのカミさん」という、
コロンボらしい設定が生まれました。

日本でいうと刑事ドラマのボス、丹波哲郎や裕次郎などが、
刑事部屋で、必死に結婚記念日に帰れない言い訳をするようなもので、
絶対にそんなシーンは入れないし、もし入れても
「馬鹿野郎、職場に電話するな!」と、プチDVなシーンになったでしょう。

これがアメリカだと、妻や家族とのやりとりを入れないと
「人間が描かれていない」という理由で、最低評価になります。
シンゴジラが日米で全く逆の評価になったのは、この理由です。

シリアスな事件が展開する中、いきなり夫婦や家族の話題を入れても
観客をしらけさせないというのはなかなか大変で、
シナリオライターの腕の見せ所ですが、これには、
家でむちゃくちゃ美人の妻が待っている、
みるからに愛くるしい子供が出てくる、
さらにはラブシーンになる、という常套手段があります。

これも最近では、ブロンド美女ばかり出すなとか、大変なようです。
そういう切磋琢磨があるので、
アメリカのシナリオライターの腕がよくなるわけです。

5 thoughts on “映画に出るアメリカの家族について

  • 2022年10月17日 at 4:47 AM
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    シナリオはオリジナルで作者の考えだけで構成されるものと考えていましたが視聴率など興行収入との関係も重視するビジネスなんですね。アメリカ映画などは壮大なスケールで製作予算もハンパないでしょうから収益を考えないわけにはいかないでしょうね。映画も芸術とは言え難しい一面も有るわけですね。クリントイーストウッドの場合、自らの年齢をそのまま作品に活かすところが凄いですね。往年のあの皺くちゃの顔が好きですね。

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    • 2022年10月17日 at 9:08 AM
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      いい映画でした。殺人は1件だけでした。麻薬を運ぶ運転手の役なんで、ドンパチドンパチ始まるかなと思いきや、裏切り者が一人ヤラレタだけ。穏やかな家族に戻りたい・・欲求が彼の中にあるのかもしれません。「運び屋」は低予算でつくられているかも。

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    • 2022年10月18日 at 12:54 PM
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      日本では、平岩弓枝が「肝っ玉母さん」の脚本を書き続けたりしますが、アメリカのドラマシリーズでは1作ごとに脚本家が変わります。映画だと、プロデューサーが持ち込まれる脚本から良さそうなものを買い取り、出資者と出演者をかき集めて配給会社にかけあいます。そういう背景があるので、一度も映画化もドラマ化もされたことがないけど脚本で生活している人もいます。

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      • 2022年10月18日 at 3:47 PM
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        シナリオ・監督・主役のクリントイーストウッドは、その点、一人3役4役ですね。アメリカのテレビドラマはほとんど見ない私ですが、おすすめあればご紹介ください。山崎豊子原作「女系家族」を最近、見ました。いかにもありそうな財産争いの物語ですが、善人が出てこない《出さない》人間観ってすごいです。田宮二郎も出てましたよ。

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    • 2022年10月18日 at 3:40 PM
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      半端ない制作費を、低予算でつくるクリントイーストウッドはなかなか老いを感じないエネルギーです。爆弾や殺しの多いハリウッド映画の中でしっとり人生を描きます。CGを使うわけでもなくシナリオの良さと本人の演技で見せるのですから、作る映画は黒字続きに思います。小津の映画に似てる気がしますが・・・。

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