曾祖母のチカラ(女性からの投稿)黒電話。

ブログに初めて女性からの投稿です。ある新聞で(怪談特集)があって投稿したら掲載されたとのこと。その前段の話が詳しく書かれていました。新聞は字数制限が厳しい。

22歳で新卒で、はじめて就いたのが、新聞社の受付でした。要領も悪く覚えも悪くて自己肯定感は下がる一方の毎日で、寝る前に毎晩キヨちゃん(曾祖母)に手を合わせてから寝ていました。「明日は無事に終わりますように。ミズなく終わりますように。もっと頑張ります」と。受付には当時、黒電話が1台ありました。これをかけると契約したタクシー会社につながります。

そんな私に一言どうしても伝えたくて電話し続けていたらしいんです。

「みんな元気かい?おばあちゃんんね天国だから遠くて、ずっと電話かけてたんだけどなかなか繋がらなくてやっと繋がったの。でもすぐ切れちゃうから、ごめんね。おばあちゃん一方的に話すけど聞いてね」と言われました。「毎日のお仕事のことで不安に思ってるようだけど、何にもしなくていいからね。大丈夫だからね」と。この一言を伝えたくてかけてきたのでしょうね。

天国という遠いところから繋がせるだけでも奇跡。私が小学校3年生のときに他界しているので、社会人になった自分が曾祖母と話せるというのがもう感動で号泣でした。電話はほんとに短くてすぐ切れちゃうから大事なメッセージだけどうしても伝えたくて一方的に話すと言ってきたんだと思いますが。切れてしまう瞬間がわかったので、私も(大好き)と伝えることができてほんとうに全てが奇跡でした。

この話を聞いて、東日本大震災で海岸に電話BOXが置かれた写真を見ました。

キャップテン・ファースト!

英国紳士、特に海軍でリーダーに求められる資質としてキャップテン・ラストの考え方がある。船が傾いたら、船員や部下たちを先に逃げさせて、自分は一番最後に逃げるという生き方だ。船が沈むときは運命を共にする。会社が倒れるときも、社長として全社員の次の職場を懸命に探した有名な山一証券の社長もいた。自分の人生は二の次だ。国が倒れるときも真っ先に現職の大統領や首相が国民を捨てて海外逃亡する。きっと隠し財産をもって、同行者はお金持ちが多いというのが相場だ。海軍や政治とは関係ないが、実際、1954年9月に起きた青函連絡船洞爺丸が沈み1139人の乗客が亡くなったとき、浮き輪を隣の人に渡して沈んでいった神父さんがいたが、基本はある事態に立ち至ったら自分のことは後回しにできる人とできない人の違いだ。これは日常性からすでに始まっているかもしれない。現代はあらゆる場面で損と得の価値観が横溢しているから、わかりにくいと思う人がいるかもしれないが、キャップテン・ラストの生き方は、日本の企業の中でたくさんあった。身近にいたのは、部下がしたスポンサーの倒産で2000万円の損害を会社に与えたときに当時の課長から社長へ「俺の管理ミスから生じたので辞表を出す。まだ若い彼を辞めさせないでくれ」と直談判した。仕事ができる課長であったから、辞表は受理されず、あれこれあって部下が辞めていった。その彼に代わって入社したのが何を隠そう、この私である。複雑な気持ちである。誰かの犠牲の上に自分の人生があると強く思った。キャップテンラストの思想は、母と子の関係でもよく聞く。「この子のためなら死んでもいい。助かるなら臓器も上げる」という母親も多い。子供にとってお母さんは家庭のリーダーだ。

青函連絡船摩周丸の甲板にいたカモメ

それが今日、「キャップテン・ファースト」が家族関係や政治、官僚の世界まで滔滔と流れている気がする。「まずは私が得をする」「他人のことはさておいて、まずは自分の利益を確保して」「まずは自分の食料を確保して」政治家であれば「国民や市民よりまずは、私のことを最優先しないと」この(まずは)という副詞が、人々の行動の基本にある限り、突き抜けた新しい生き方や政策が出にくい。

天国も地獄もここにある、決して来世にはない(関 頑亭)

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『不良老人のススメ』~老いてますます(悦楽)に生きる~関頑亭著 講談社より。2000年、著者81歳のときに書かれた本。自由自在に生きる彫刻家関頑亭さん。彼の人生論です。

乞食の経験もあり、あらゆる角度から人間を観察して、世間の常識や規範、世間の目を気にせず、自由自在に生きる人。来世などをあてにする人生を笑い、いま・ここで楽しむ。年齢に関係なく女性をくどくこともする。『飄々として生きています。不良老人は風の如しです。なにも制約するものがない。マナーはそれを守るのが楽しいから守る。・・・生きる上での悟りは、山奥にではなく市井(しせい)に、それも人々が集まるようなところにあると思うに至った・・』(58p)

表題の来世について、『あまり来世、来世と言うと、生きることから逃避して、まだ見ぬ来世によりかかりたくなる』。天国も地獄もここにあるではないかと言う。しかし、人間は辛い現実があると、未来に理屈をつけて極楽があるとか考えたがる。仏像にもそういう面が現れる。『こうあらねばならないという理屈が入ってくるんです。僕には室町の仏像は硬直化しているように見えますが、それは死が蔓延していた状況と(こうあらねばならない)という理屈が入り混じっているからだ』彫刻家関頑亭さんは仏像をみて硬直化している仏像と自由な仏像と識別できる。

来世がこの世に入ってきている分、この世で根をはやして生きていこうという根っこが見えないようになっている。そこにくぐもった美はあるかもしれないが、作られた美ではないか。太古の時代にも人間の死は周りに溢れていた。しかし、それは『生→死』で『死→生』というベクトルではない。『生→死』のベクトルで作られた仏像は奈良・平安の仏像で命がみなぎっているというのだ。鎌倉になると甲冑を着た強さになって、命そのものが弱くなっている。表面的な強さだけ。金剛力士像のように筋肉を隆々つけているだけだと喝破する。悠然とした命そのものの強さと遠く離れている。

この本は、あらゆる局面で著者が生の横溢、古代人にあった生命のたくましさを理想として、友人の選び方、加齢とともに物を捨てる術、毎日を旅として(自宅を出ることも大きな旅と考える)新しい人と会話や冗談を交えて新鮮な一日を過ごす、一所にとどまらず気が向けば、酒場や旅先で人間の匂いのする宿に泊まる。モノはできるだけ少なくして生きる。モノは人間に配慮や場所を要求してくるからやっかいな物である。モノがあるとモノに威張られるから注意しよう。車にしたって、ガソリンや車検、税金、道路の整備、運転手の免許書更新までさまざまに要求して持ち主を困らせる。なければないに越したことはない。肩書き・権威・威張りも生命の硬直化の始まりと喝破する。自由に生きる、自由に考える、自由に話す・・・存外難しいものだと考えた本であった。