小松左京の本を読んでいたら、「カラスが石を意味もなくためこむというのは昔から知られている。イソップの話に、甕の底にある水を飲むためにカラスが石をたくさん入れて水位を上げて水を飲んだ」と書かれてあって、岩波の「イソップの話」を借りてきて、目次を調べるが出ていない。BC6世紀のイソップ話426~362編の話を300編にまとめた本(岩波少年文庫)なので省かれたか?
カラスに関する話、イソップ物語「カラス編」。
「カラスとキツネ」
カラスがチーズを盗んできて、高い木の上にとまりました。それを見たキツネが、わざと木のまわりを、あっちへ行ったり、こっちへ来たりしながら言いました。「おお、すばらしい。あなたは、すがたかたちもいいし、その羽根の色は鳥の王様にふさわしいものです。そのうえ声がよければ、間違いなく鳥の王様になれます。」これは、だまそうとして言ったのです。するとカラスは思い上がって、声を聞かせようと大きく鳴いたものですから、チーズが下におちました。そこでキツネは、それを拾って言いました。「カラスさん、なるほど声はりっぱだが、知恵が足りない。」敵の言葉を信用すると損をします。
「カラスとヘルメス」
カラスが網にかかったので、アポロンの神に祈って、助かったらこの神様に香を焚くことを約束しました。然し、その危険を逃れると、その約束を忘れてしまいました。また別の網にかかったので、今度はアポロンはやめにして、ヘルメスの神に供え物をすると約束しました。するとヘルメスはカラスに言いました。「悪者め、前の恩人に知らん顔をして悪いことをしたおまえを、どうしてわたしが信用しよう。」恩人を忘れるような人は、困ったことになっても、助けてはもらえません。
「ツバメとカラス」
ツバメがカラスに言いました。「私はまだ娘だし、アテナイ生まれだし、しかも王様の娘ですよ」それから、続けて、ある人にひどい目に遇わされて、舌を切られてしまったのだと言いました。するとカラスは言いました。「舌を切られたのにそんなにおしゃべりするのだから、舌があったころはどうだったろう。」威張って、嘘をついていると、損になるようなことまでいうようになります。
「カラスと白鳥」
カラスが白鳥を見て、その羽根の色をうらやましがりました。あんあんに白くなるのは、水で体を洗っているからだと思い、いつも餌を拾っている神殿を離れて、池や川のそばに住むことにしました。ところが体を洗ってみても色は変わらず、食べ物がないものですから、死んでしまいました。暮らし方で生まれつきをかえるわけにはいきません。
「ハトとカラス」
ハト小屋に飼われていたハトが、子供の多いのを自慢していました。それを聞いてカラスが言いました。「ハトさん、そんなことを自慢するのはおよしなさい。いくら子供を生んでも、かわいそうに、奴隷が増えるだけじゃありませんか」昔あった奴隷というものは、人間として扱われずに、品物のように売り買いされ、その子供もやっぱり主人のものになったのです。
「旅人とカラス」
何かの用事で、旅をしている二人連れの旅人が、目の片方が見えなくなったカラスに出会いました。ひとりがこれは不吉なしるしだから、引き返そうと勧めますと、もう一人がこう言いました。「こんなカラスに、我々の先のことがわかるものか。自分の目がつぶれることさえ、防げなかったのだから」こういう風に、自分のことにはっきりした考えのない人が、ほかの人のことに口をだしてもなんにもなりません。

カラスは不幸にも黒く生まれてきた事だけで悪く思われがちですね。人間社会にも人種差別が有るのと同じく鳥の世界にも差別など有るのでしょうか。もしもカラスが真っ白だったらこのような物語も生まれなかったかも知れませんね。それにしてもカラスは利口な鳥ですね。円山あたりをクルマで走るとカラスがクルミを道路に置きクルマのタイヤで割れた中身を食べている光景を良く見かけます。
色と可愛らしさは人間側の偏見だと思いますよ。あらゆる生物に対してね。20年前の鳥の図鑑を見ていたら、エゾシマエナガの写真がありました。地味な撮影でスズメ扱いで、撮影角度も悪い図鑑でしたが、あっという間に全国人気とカメラマン殺到ですから、わからないものです。シマエナガから見たら、何をいまさらです。カラスは色はカラスの勝手でス、ヘビだってクネクネ歩くの、美しくないと言われても困ってしまいます。