Iramkarap-te イランカラプテ アイヌ語

知里幸恵 1903~1922(19歳)アイヌ神謡集

JR北海道エアポートに乗ったことがあれば、車内放送で「イランカラプテ」の車掌の挨拶から始まることをご存じだろうか?白老の国立民族共生空間(菅元首相の案件)を建設していたときは、私も毎日札幌へ通勤していたので「皆さんこんにちわ」の意味だろうなとは思っていた。図書館に「金田一京助全集」(全14巻)があって、石川啄木に物心ともに援助を惜しまなかった彼の石川啄木の思い出の文章が13巻にあって、14巻はアイヌの言語学者知里真志保の妹の詩人知里幸恵さんの思い出文を見つけたので2冊一緒に借りてきた。14巻をめくると「イランカラプテ」(176p)について偶然書かれてあった。金田一さんが樺太の旅を終えて帰る晩に、同行してくれた樺太庁の土人係(こういう名称があった)Y氏から「お別れに一つ、たった一言教えてもらいたい」と言われた。それは金田一さんがその一言を口にされると、アイヌが不思議ににっこりする、その一言を教えて欲しいというのだった。樺太庁の役人に言わせれば「ただでさえ無表情なあのアイヌが、ことに女などになったら無愛想で、我々が道を聞いても、ものなどたずねても、にっこりはおろか、そっぽを向いて返事をしようともしないのに、何かあなたが一言言われると、爺でも婆でも、男でも女でも、きっとにっこりする。あの言葉です。何というコトバなのでしょう。」金田一さんもはじめはそんな魔法の呪符みたいな言葉をすぐには思い出さなかった。たまたま、磯で寄木を拾ってるメノコ(アイヌの女性)の姿へ遠くから声をかけなすった。彼女は口を開いてにっこりしましたよね。「なあに、イランカラプテ(今日は!)と呼びかけたわけですよ。それなら何でもない。おはよう!今日は!などという挨拶のことばですよ」アイヌと親しくしている人なら、だれもが知っている挨拶のことば。アイヌ同士の間ではイランカラプテとは言わずに、お互い見かわしてすれ違うので不愛想に見える。しばらくぶりの再会なら「イランカラプテ」と言い合い「なつかしや」と涙を流すこともあると金田一さん。金田一さんは、アイヌとみれば「イランカラプテ」を連呼して笑顔になる彼らに親しみを覚えたんだ。アイヌ部落を訪ねて、イランカラプテ一本道の30年であったと回想していた。イランカラプテを言うと「アイヌ語のわかる和人」と思われることも嬉しいことだった。

せっかくなので、金田一京助さんの手になる「知里幸恵さんのこと」(60p)には、彼女の短い生涯が書かれてあった。心臓に持病があって病弱であったが旭川の女学校へ4キロの道を登校。抜群の成績で卒業、和人のお嬢さんの中でただただ一人のアイヌの乙女の誇りを立派に持ち続けた。彼女のお墓は。雑司ヶ谷の奧、一むらの椎の木立の下に,大正十一年九月十九日,行年二十歳、知里幸恵乃墓と刻んだ一基の墓石が立っている。可哀想な人には人種を超えて涙を流し続けるクリスチャンであった。

 

2 thoughts on “Iramkarap-te イランカラプテ アイヌ語

  • 2023年6月25日 at 5:21 AM
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    文字を書かないアイヌ民族の人達の特別の言語と、東北地方や北陸や山陰や長崎や鹿児島などの独特の方言との違いって何でしょう。それぞれが独特の言葉とイントネーションの使い方に違いがありますが、夫々の生い立ち過程に原因が有るのでしょうね。例えば東北弁って分かりにくいですが面白いですね。ラジオの番組で東北出身の女性アナウンサーが方言だけで終始するのですが、つい聞いてしまいますし理解しようとします。多分、言葉だけでなくイントネーションで言葉の表情などの助けで分からないまでも理解できるのだと思います。アイヌ語についても接する機会が多ければ、もっと早く広く知られたのでしょうが、長い間、お互いに避けていた嫌いも否めませんね。例えば、先ほどのラジオ番組のような伝達手段が有れば良かったのではないかと思います。北海道は各地の方言が行き交う場所柄ですからアイヌ語ももっと使われてもいいのではないかと思います。貴重な言語を絶やさない為にも。いろいろな言語が豊富な北海道の財産になるのではないかと思いますね。

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    • 2023年6月25日 at 8:49 AM
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      言語は話し言葉からで、おじいさんから子供へ子供から孫に伝える伝承みたいなものだと思います。書き言葉はまったく新しい伝達手段でNHKがなければ標準語などというか架空な言語は存在しません。中学で放送部にいたときNHKのアナウンス読本を見たことがあり、アナウンサー役の生徒は読んでましたね。NHKBSのこころ旅(火野正平)が旅する町々で話される庶民の方言はいいですね。20歳のころ一人旅で青森から大阪まで国鉄で旅しましたが、途中、青森、秋田、新潟、富山、金沢、福井、京都各駅での停車と乗降客のことばを新鮮に聞いてました。まったく別人種みたいに聞こえたことを覚えています。言葉はその地域に根付いている血肉みたいなものですから、生きることと直接つながっています。朝鮮に日本語を強制したり、フランス語の使用を禁じたドイツ(ドーテ 最後の授業)など、精神の殺人に等しい行いです。北海道では全国から移住はしてきてますが、方言をたくさん聞こえるわけではないですが、道南の育ちの人だけはイントネーションでわかります。

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