28歳から34歳の男女の好きな異性のタイプ、食い違い。

28歳~34歳の男女の好きな異性のタイプ、食い違い。

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『下流社会』(光文社新書)で、男・女、正規・非正規、所得、政治意識、世代別な意識アンケートで、マスコミや企業のマーケへ資料提供をして儲けた三浦展の第二弾『下流社会 第二章』(なぜ男は女に負けたのか)である。この本の第7章が『踊る下流女の高笑いー女30歳の勝ちパターンはどれか?』と題して自身の研究所と読売広告社共同の、好きな異性のタイプをそれぞれ列挙している。

適齢期である30歳~34歳までの独身男性の好きな女性のタイプは第一位が『やさしい』。以下、『明るい』『気が利く』『素直』『礼儀正しい』『面倒見がよい』『人を思いやる』『健康的』『癒し系』『自分の考えをしっかり持っている』『元気な』『きれい好き』『正直』『さわやか』『控えめな』など。次は28歳から32歳までの適齢期の女性が自分をどのように思っているか。一番多いのは『マイペース』以下、『自分の考えをしっかり持っている』『個性的』『時間を守る』『明るい』『面倒見が良い、人を思いやる』『ひとりでいるのが好き』。

男性の55%は『やさしい』女性が好きだが、自分を『やさしい』と思う女性は18%だけである。同じく『癒し系』は男33%に対して女は10%。男性は女性にすがりたいし、癒されたいが、女性は男性にすがらせてあげたいとも、男性を癒してあげたいとも思っていない。『きれい好き』も男29%、女性9%、『控えめな』は男26%、女13%、『品がよい』は男23%、女6%、『知的』男22%、女9%、『かしこい』男22%、女9%。

男が望む女性の理想形と、女性自身が自分を思う気持ちのギャップを、三浦さんと読売広告の調査で数量化・グラフ化しているけど、筆者から言わせると、平安時代だって、鎌倉時代であっても、自分の親たちの世代でも男女のギャップは100%あるので、筆者は結婚37年を経ても、夫婦の溝(男女の溝)は永遠に深いままだから、男や女の話は長い人類のY遺伝子(男を男にする性遺伝子)のころからの話を分析しないと、単純に広告会社や官僚の作文に引用されておしまいになりかねない。

この人の書くものは数字と%の話、アンケート分析(アンケートに答えた経験がある人ならわかるけど、適当にいい加減に答えるものだ)とグラフ、さもありなん日本語羅列も多い。私も札幌市民消費者動向調査(1週間自宅に分厚いアンケート用紙を置いてもらう調査)を分析したことがあるけどけっこういい加減な答え方をしてくる。

若者の分析より、彼等の親世代の分析(三浦さん自身を含めて)が急を要すると思う。若者に今いるポジションを譲らない人たちは、譲ってもほとんどは暮らしていける人が多い。いなくても実は社会にはなんの被害もない。むしろいなくなった方が、社会に利益を与えるくらいだ。バックヤードに引いて、若者を暖かく見守る。それくらいの自己分析をして欲しかった。

≪閑話休題≫

下流とか上流よりもっと本質的なことがある。自ら女性に積極的になる男が減っている(?)現状で女性が主導権を取る方が恋の成就に導きやすい。名越康文『女はギャップ』(扶桑社文庫)より。

女は臆病な男が嫌いである。

しかし、男の大半は臆病である。

この男と女の壁をうまく乗り越えた女だけが恋の勝利者になれるのだ。

恋ができる女には美貌もマナーも媚も必要ではない。

どうしたらいいか、答えがこの本の中に残念ながら散りばめられている。女性必読書かもしれない。

男は『臆病と気遣い』を、鎧に生きています。

この鎧をうまくはがす女性たちがモテる。

女性に『優しい』を求める意味、男がそうい女性が好きなのは、上の2行が表現している。女性たちよ、学んでほしい。数々の男の馬鹿な性的な犯罪、背景は『臆病』から来ているような気もする。ひとりでできないから『集団で実行』、ひとりでやったら『盗撮やSNS使用しての告白やストーカー』。男の着ている鎧を自分で脱ぐとアホなことや事件が発生しやすい。自分の中を分析するとさもありなんと思う。『なぜ、男は女に負けたのか』ではなくて、なぜ『男は臆病なのか』を考察する方が良かったと思ったしだいだ。『強がりも臆病のなせるわざ』、『男っぽさを見せるのも臆病だから』、『ケンカをするのも臆病だから』、『薬に依存するのも臆病だから』。しばらくこのキーワードで周りを見回して欲しい。

飛行機に乗りたくない。

飛行機に乗りたくない。

私の住む街が新千歳飛行場の隣。私はパニック障害持ちで飛行機駄目。情けない話です。最近、ストレスが激減して「飛行機は大丈夫かもしれない」と思い直しています。挑戦しないといけません。4月2日の再録です。

筆者は、糖尿病でもあるけどパニック障害持ちでもある。18歳のとき、自宅で一度発作を起こし、父に救急病院へ運ばれた。自宅浪人中であった。当時は、パニック障害という名称はなくて心臓神経症と言われた。救急当番医と話しているうちに、症状が消えていった。

しばらくパニック発作もなく、家族で沖縄便に乗っても正常であったが、激しい営業活動をしていた30代後半、ストレスが重なり名古屋から帰る飛行機で起きてしまった。新千歳空港は大雪で、除雪が終わるまで飛行機が上空を旋回し始めたのである。7機が旋回していた。パニック発生!!それも大パニックだ!「頼む、早く、地上に降りてくれ」と何度願ったことか!忘れていた発作を体が再度覚えると、信号機の故障で停車する通勤電車の中でも、アンダーパースの渋滞する営業車の中、締切時間に間に合わない仕事の夢をみたときも、娘の卒業式に出るため伊丹へ飛んだときも(このときは8000円を追加して広い席を確保したが)ダメ。。三宮から京都へ戻るJR電車に乗ったときも乗るやいなやパニック。次の灘駅下車。しかし、灘駅は道路側が高い盛土で向こうの世界が見えず、またパニック。大阪の友人にSOS携帯。彼の婚約者が車でやってきて、無事に京都のホテル到着。

京都南口から伊丹へ向かう高速バスで運転手に「すいません、私、パニック障害があるので具合が悪くなったら、路肩に少し止まってくださいませんか?」と言うと「なんだ、こいつ、変な野郎だ」と睨まれてチョン。ここの高速も両側がコンクリートの壁でパニック出たが、下を見て目をつぶり何とか伊丹到着。12月28,29日は考えるだけで具合が悪くなる。忘年会帰りで電車は超満員。出口に立ち続ければいいが、押されて中にでも入れば、出ましたパニック!「スイマセン、私、降ります。空けてください」。心臓が苦しくなる、死にそうな気持になる、駆け出したくなる。首都圏の満員電車にサラリーマン・OLが乗車している風景をみて、この人たち皆天才と思う。よく我慢しているな。仕事以上にこれは大仕事だなと思う。

娘の結婚式は別府だ。福岡便に乗らなくてはいけない。今度はエア会社に「パニックなんですけど」というと「そういう方が最近多いのですよ。できるだけ前の席をご用意します。私どもに何かできることあればお申し付けください」。ずいぶん航空会社も勉強してきた。機内で今回はオニギリとバナナを食べて気を紛らわせ、無事に娘の結婚式に出席。妻は「あなたは、付き合っていたころから落ち着きがなくて、今でも家の中をうろうろする癖がある。多動性障害と違う?」と言われるがそうかもしれない。すぐに飽きてしまうところもそうだ。狭いところも苦手。窓のない地下の居酒屋で発症したこともある。

ネアンデルタール人や北京原人などの洞窟に住んでいた人たちにはパニック障害はなかったのかなと思う。庭にいるアリやミミズたちも、暗く狭い中で生きていて苦しくないのだろうかと想像する。しかし、しかしである。棺桶に入ったとき、あまりの狭さに思わず「出してくれ!!」と言って、生き返る可能性も否定できない。パニック障害のメリットは最後に発揮されるのである。


分子生物学の福岡伸一センセイのエセイにミラノの飛行場で雪に封じ込められ、ようやく乗り込んだ満席の飛行機の真ん中の席に座るが、動く気配がない。『私は狭い機内の天井を見上げた。そのときだった。得体の知れない切迫感が肺の奥からせり上がってきた。すっと視界が暗くなった。にわかに息苦しくなる。心拍数が高まる。次の瞬間、叫びだしたいような恐怖が襲ってきた。ここから出してほしい。今、すぐに。外の空気が吸いたい。手足が震える。思わず、シートベルトをかなぐり捨て、出口のドアに向かって駆け出しそうになる。』その後、自分の吐いた二酸化炭素を肺に戻して酸素過多、過呼吸を自分で治すのはさすが福岡センセイである。『生命と記憶のパラドックス』(文春文庫 70p 閉所恐怖症)同病者がいると心強い。今後、私はパニックという命名は止めて『閉所恐怖症』にチェンジします。