毎週土曜日と日曜日、新型コロナワクチン集団接種業務2回目を終えた。1回目は接種年齢が80歳以上であったが、2回目は年齢が75歳前後にまで下がってきた。土曜日が330人、日曜日が660人。人口7万人の恵庭市で6月26日から集団接種会場が1か所増えて2か所に。気づくのは、80歳代の人は待つ間、じっと静かに待ち続けることで、付き添いの子供たちとの会話も少ない。じっとパイプ椅子に座ったままで、待つ間、退屈だろうなあ思った。それが70歳代になってくると本を読む人、スマホを見る人が増えてきた。付き添いも減ってきた。このアルバイトは、当初、11月末日までのんびりする予定であったが、菅の命令で早く接種やらないと交付金やらんぞみたいで、恵庭市も集団接種会場を増やしたわけ。おかげでバイト期間が8月29日になって計算が狂ってしまった。市民は打ち終わるとほっとした顔で帰る、付き添いも。「3週間後、またお会いしましょう」で別れる。コロナワクチンについて、RNAの変異のしやすさで、そのたびに何度も打たないといけないことになるとも言われている。昨年初めから始まった武漢コロナウィルス蔓延だが、専門家は来年まで続くと予想している。しかし、私たちは食べて勉強もして働かないといけない。たくさんの贅沢を享受しようとは思わないが、せめて好きなところへ好きな時間に行ける自由、会いたい人と会っておしゃべりしてワハハと笑う時間が欲しい。そういう世の中に戻るにしても、いつまでというリミットが見えない。ペストの歴史を読むと(デフォー ペスト)新型コロナの比ではない。ペストは何度も何度も襲ってきて、ヨーロッパの人口が半分にされた都市もある。ワクチンにしても現在、私たちは人体実験をされているようなもので、これが今後、どういう作用と副作用が出てくるかわかったものではない。医師によって、判断がマチマチ。週刊誌や月刊誌の格好のテーマになっている。それにしても前向きな事業や企画や未来展望の話がマスコミから消えてしまって、あるのは国税を使い続ける話だけだ。東京五輪もさっさと中止すればすっきりしたのに。アスリートのいない五輪でもういいのかもしれない。それにしてもロス五輪から商業五輪に大転換して狂ったIOCに世界は振り回されている。今回の騒動で、オリンピックは必要なのかという議論も盛んに出てくる。協賛費用をカテゴリー別に何百億円から何十億円まで出しながらぼったくりのIOCと電通。様々な小さなイベントも中止になって中小のレンタル屋さん、看板屋さんが倒産の憂き目に遭わなければいいが。新型コロナワクチン集団接種会場で、パイプ椅子をレンタルしている会社を見ながら「ようやくワクチン接種会場設営の仕事が入って良かった」とも言っていた。接客のバイトをしながら、昔取った杵柄で、イベント全体を見ている自分がいた。次回3回目はバイトで困った案件出てきた話。
Month: 6月 2021
ウィルスの基本の基本

医学ウィルス学 故日沼頼夫
新型コロナウィルスの渦中にあって、筆者持病のパニック障害が全然出ない。いつもの自分でなくて落ち着いている。通勤のJR電車が空いているということもあるし、観光客が激減して静かな札幌に戻って、10代の頃の幸福感を追体験してみたりして落ち着く。しかし、現実は新型コロナ。テレビニュースはできるだけ見ないようにしている。見ているとアナウンサーがしゃべる報道部の記者が書いた原稿に具合が悪くなる。ネットで世界のニュースを拾って広い視野から見ようとしている自分がいる。まるで世界をSF映画のように見ている私だ。自分は通行人Sで参加している。
書棚にあった免疫学者の故多田富雄さん『生命のまなざし』(青土社)という本を見つけ、ウィルスの話はないかと探したらありました。医学ウィルス学の日沼頼夫(よりお)さんとの対談があった(同著178pから)。日沼さんはATL(成人T細胞白血病)を起こすレトロウィルスを世界で最初に報告した人だ。ATLはエイズウィルスに似ている。ATLは血液のがん、エイズは免疫不全である。どちらにしても痴呆にもウィルスが関係しているとすれば、電子顕微鏡で見ることができるウィルスの正体っていったい何だ?ウィルスの大きさは塩の結晶1辺に横に1000個並ぶ。そして1日で1個が1000個に増殖する。ウィルスは生き物だという人もいれば非生物だと言う人もいる。
日沼さんの言葉を借りると『私はウィルスは生き物であると、はっきり定義します。しかし、それは欠陥のある生き物なのです。なぜかというと、それ自身で勝手に増殖できる生き物ではないのです。ウィルスは生きた細胞の中に潜り込んではじめて、それを借りて自分の子孫を残すことができるのです。ウィルス自体では二つの重要な装置を持っていません。タンパク質を合成する装置も、エネルギーを生産する装置も持っていないのです。しかし、それにもまして、ウィルスの生き物としての重要な属性は、DNAという遺伝物質を持っていることです。あるいはRNAを持っていることなのです。RNAを持っているのはウィルスだけです。』多田さんはこれを『自己複製に関する情報は持っているけれど、複製をつくるときの道具がない』と言い換えてました。
日沼さんは『HIVも生物ですが、単純な生物が、人間という高等な生物とぶつかったら、今のところ人間がたじたじです。生き物というものは、単純であろうが複雑であろうがそういうことでは勝負云々はむつかしい。ネイチャー(自然)というものはそういうものなんです。考えてみれば当たり前ですが、植物も虫もみんな一緒に住んでいるわけです』。『人間なんて高級だといいながら、自分の情報の何百万の一しか持っていない生物をコントロールできるほど高等ではないんだということです』。(この話続く)
クレーマー増加の背景
食べるものも飲むものも、すべて自分でつくり、自然とみずから対峙して生きて、SEXをして子供をもうけて、自分で倒した木で家をつくり、妻の出産も手伝いし、家族を養えれば、貨幣も要らず、自分の暮らしに関わる人も少なく、クレーマーも生じない。どこの組織やシステムに頼らず生きられるからである。しかし、「近代化とは生活に必須なインフラをすべて他者に任せていくプロセスだ」(鷲田精一)。『この世はウソでできている』(池田清彦・新潮社 192pに引用)
他者とは大きくは太陽や自然、身近では国や制度・法律、自治体や企業や学校や家庭や親たち、またすべての他人。水や食料やエネルギーもお金を払うことによって供給されるシステムの中で生きている。この供給システムに不具合が生じると人々は自身の力では生きていけない。その不具合も我慢のできる範囲なら、直るまで待つが、我慢の限度を超えると突然、クレーマーに変身する。
水がでなければ水道局へ。虫の入ったパンは食品会社や消費者協会へ、停電は電力会社へ、子供の内申書については担当教員や学校へ、テレビ番組についてはテレビ局へ、新聞記事についても新聞社へクレーム。あらゆることを他人任せにしている世界は、自分では何もできないのでクレーマーにならざるをえない。あとはその言い方が適切かどうかだけが残る。システムから来たものをシステムへ返す。顔の見えないシステムへクレームを出すときに出てくるのは代表電話やネットを利用しての指摘だ。コールセンター勤務の人に聞くと、相当にたちの悪いクレームはベテランが受話器を取るらしいが、いまは発言はすべて録音されているから、脅しや度を越える発言は後日、訴えられる可能性もあるから要注意だ。
学校の教師が辞める原因が、保護者からのクレームによる場合もある。1本のクレームが他人の人生まで左右しかねないものだと思いたい。新聞社に『読者相談室』がある。記事をめぐって『クレームの嵐』が吹き荒れることがある。電話を取るのが怖くなり、鬱症状を発症した人もいて、別な人は、心を宇宙に飛ばせてSFを読みながら苦痛に耐えていると聞いたことがある。言う側はすっきり、受けてがっくりである。クレームを趣味にしている常習犯もいるし、またクレーム電話を自分のおしゃべり相手と勘違いしている男性も多いと聞く。
企業側も『検索キーワード』でネット上での自社へのクレームを探して歩く会社と提携し、炎上する前に防ごうと躍起になっている。実は筆者自身も、ことしの8月にとあることでブログを書いたらさっそく炎上寸前になったことがあって、その記事を削除したことがある。一度、アップされた記事は、どこかに残っているはず。実際、炎上事件は他人事と思っていたら自分に降りかかるのだから気味の悪い1週間であった。私が新興企業の対応を名指しで批判をしたのである。仕事をしていれば、クレームを受ける側とクレームを出す側に、消費者に戻ればクレームを言う側に同じ人間が両面を持ってるのが現代だ。しかし、一概にクレームを否定的に捕えるのは、権力側にとって都合のいい価値観であるのは申すまでもない。年金問題(台帳紛失、打ち込みミス)が発生したときに『社会保険庁』は誰ひとり責任は取らず、組織名を『日本年機構』と改称して逃げた。『シャホチョウ』という語彙のメディア頻繁露出にトラウマ解消対策である。1本のクレームで教師が辞めたり、企業が存亡の危機に立ったりする。弱い個人が大きな武器(SNS)を持っている。SNSに出す前に、直接談判の方が穏やかな解決に進むと思うのは私だけだろうか?
