自分の弱音を吐ける場所の必要。

自分の弱音を吐ける場所の必要性について、ユーチューバーの清水有高さんが「1月万冊」で、自身の体験を踏まえて語っていた。同調圧力の強い学校や足の引っ張り合いの集団から離れて、「自分の弱音を吐ける場所、それがカウンセラーであったり、精神科医であったり、自分の弱い部分を丸ごと受け止めてくれる人」がいるかどうかで、それからの自分の生き方が変わる。

日本中の職場(役所を含めて)がいつのまにか賃金抑制のために、非正規雇用を増やして、同じ空間に正規社員と非正規社員を同居させ、仕事をするスタイルが定着した。非正規社員のほうが能力が高い場面を何度も私は見てきているので、(彼)彼女たちの正社員への怨嗟が澱のように溜まり、無感情を装っていたが諦めの感情はあってもその不平等を許せない気持ちはあったはず。ある人は、『いや非正規のほうが責任を取らない仕事で楽ですよ』と言いながらも、ボーナス時期になると別室で説明会があるときは羨ましそうに見ている。時々、派遣会社の営業がやってきて、派遣された人へ何か注意事項を伝えていたりする。いい話は少ないのは笑顔の無さでわかる。会社の総務から派遣会社へクレームが入ったのかもしれない。それを直接の総務ではなく給与の30%くらい賃金を中抜きしてた派遣会社が対応してくる。昼休みはドアを閉めて会議室に集まって弁当を食べている。膨大な量の打ちこまれるチラシの枚数と販売店ごとに正確に記入しないと支払金額に誤差が出てしまう。

せめて、こういう派遣同士が昼休みに弱音や愚痴がたくさん出てリラックス時間を愉しんでくれてればいいなあ、私などは思っていた。なぜなら前から正社員と非正規雇用は仕事以外言葉がけも少ない職場でいつまでたってもぎくしゃくしている。はっきりいって楽しい職場にならない。給与の多い少ないはあるにせよともかく楽しくない。笑い声が大きな波にならない、おっさんと大局(つぼね)が仕切る職場が楽しくなるわけはない、提案的な仕事をさせてくれる余地も少ない。このままいくと彼女たちは喜怒哀楽を失った打ちこみロボットになってしまう。親しい総務部員に『彼女たちを直接雇用にして契約であっても3年の雇用やゆくゆく正社員の道へ登用するなど、会社と直接向き合う雇い方をした方がいいよ』。数年後、派遣者数もどんどん減らして直接雇用を増やしたと聞いている。派遣制度ができて、それくらいしか私にできることはなかった、無念!

「動物っていうのは、案外、死って深刻に考えてないと思う」(手塚治虫)

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手塚治虫「未来へのことば」(こう書房)から。手塚プロダクションの松谷社長が、日々接する、手塚治虫さんの折々の言葉を10章に分けて、簡明に記した本の一説だ。「第9章、生死、男女の、謎に向かう」に書かれてある。

全文は「ライオンに襲われたガゼルもコヨーテに咬みつかれたカモシカも痛そうな顔をしない。動物っていうのは、案外、死っていうものを深刻に考えてないと思う」。アフリカのサバンナのライオンやコヨーテのハンティング映像を見るが、”痛いわ!止めて”と叫ぶガゼルやカモシカの声や表情はない、見ていて諦念の顔を見る気がする。

女性観も面白い。「ボクは女を男が住んでいた地球へ侵入してきた宇宙人の子孫だろうと思っている。犬にサルの気持ちがわからんように、男に女の心なんて」女性から見たら、逆も真で「女の住んでいた楽園に侵入してきた宇宙人の子孫が男」ということになって、平行線だ。

医師でもあった手塚治虫は「医者というものは 患者を治しても 結局いつかは その患者は 死んでいってしまう  という 一種の自己矛盾みたいなものに 悩んでいるわけです」。「苦しみに苦しんでいた(ガン)患者が死んだとたんにその苦しみぬいている苦悶の表情がふわっと消えた。非常に美しい顔をしていた。それを見て、私、人間の死ってのは人が考えているほど苦しいものではないな、などと思った」。人間も動物の一種と思えばそうなるね。

手塚治虫の治虫って本名ですか?といういう質問には「いや、ペンネームです。・・・カブト虫の一種に(オサムシ)というのがある。その虫がね、首が長く、胴が長いのでちょうどぼくみたいなんです。それで、(オサムシ)としたわけです。あっはっはっ」

なかでも手塚治虫が、大事に大事にしたのが子どもたちだ。第3章がそれだ。「私はあと一生 子どもたちのためにすごして 悔いはない またその覚悟です」さらに普遍的に「子どもの求める本質的なものは 時代を超越して常に同じだ と思います。それは 未知への探求心と 得たものに対する驚異です」「学校の先生は ともかく漫画を描けるようになりなさい 漫画を描きながら授業をやれば 子供たちが振り向いてくれます」

胃がんで入院中の最後の言葉「頼むから 仕事をさせてくれ」日記の最後のページには「きょうすばらしいアイディアを思いついた!トイレのピエタというのはどうだろう 癌(がん)の宣告を受けた患者が 何一つやれないままに 死んでいくのはばかげていると 入院室のトイレに 天井画を描き出すのだ」

サーバーは夜は墓場で運動会(投稿)

最近、ウェブサイトの表示やログインに、時間がかかるようになってきました。また、サーバーのトラブルも増えてます。ちょっと前も、長年更新もなく、アクセス数もかなり少ないサイトで、帯域幅(=1カ月ごとに送受信できるデータ量の上限)オーバーになりました。

Google Analyticsを見た限りは来場者もない開店休業状態のサイトでしたが、サーバーのアクセスログを読むと、Analyticsには表示されない怪しげなロボットなどが、多数押し寄せていました。いわば目には見えないものが、「夜は墓場で運動会」状態だったわけです。

この傾向は、直感的には、コロナのパンデミックが始まってから強まったように思えます。多くの人がネットに接続するようになり、またそれを見越して詐欺メールやサーバーへの攻撃もまた増えているような気がします。また、人間ではなく、インターネットを介した機械同士の接続も、増えているかもしれません。

これはもう、5Gだからどうのという枝葉末節な部分ではなく、世界中のサーバーの処理能力やゲートウェイと呼ばれるインターネット基幹通信網が力不足になっているのかもしれません。

それに加えて、新しい冷戦の影響もあります。政府のアナウンスや軍の動きが始まる前から、ネット上では冷戦どころか肉弾戦が繰り広げられていて、個人ユーザーも多かれ少なかれ影響を受けています。おそらくその対策だと思われますが、ブログシステムの定番であるWORDPRESSは、ここ数年アップデートのペースがどんどん早まっています。

本当かどうかわかりませんが、多くのサーバーが常時これらの攻撃にさらされていて、もはや汚染されてるかどうかではなく、汚染度何%だからまだ大丈夫というような評価をしなければならなくなっているとも聞きます。古来、疫病が流行すると、不安にかられた大衆の間にデマが広がり、治安が悪化し、はては戦争が起こりましたが、ネット上での情報戦争も同じようなものなのかもしれません。

厄介な話ではありますが、考えてみれば人間の体にも、有害、無害を問わず無数の微生物が入り込んでいて、中にはヒトの細胞なのか別の生物なのか区別できないようなものもいます。ネットの混沌も、生命になぞらえればごく普通の状態とも言えます。無機質なネットテクノロジーが、進化するにつれて生命のようになるというのは、興味深い話でもあります。