スズメが軒下で子育て・・(小樽芸術村)

ニトリ家具がオープンさせた小樽芸術村のステンドグラスを見てきた。建物が小樽軟石(札幌軟石と同じで支笏湖を形成した樽前噴火でできた火山灰)で出来ていて、あちこちに外との隙間があってスズメが巣をつくっている。耳をそばだてるとチュンチュンという雛の声が聞こえてきた。巣を探したが見えず、残念であったが張り紙が面白いので載せた次第。スズメの寿命を調べるとほぼ3年から4年だ。小樽の倉庫街は海辺に面していてカモメや鳩も多いから、スズメたちも大変だろうが芸術村の館は安全地帯。伸び伸び育って欲しいものである。私の庭にも毎日、たくさんのスズメが来る。一番の目的は高さ2mのブルーベリー。多いときで10羽以上のスズメがパタパタ動いている。以前、スズメが街中からいなくなった事件をご存じだろうか?あれは一体なんだったのか?ミツバチも少なくなって蜂蜜が高くなっているとも。庭のバラに大量にやって来るアブラムシも少なくなった。木酢を一度も撒くことなく夏が終わった。どうしたのだろう虫たちは?モンシロチョウも少ない気がする。トンボやモンシロチョウには『彼らの通る道』があって、それに沿って飛ぶんだと読んだことがある。蝶を採集するときにその道を発見すれば簡単に採れるらしい。私も真似をして蝶が庭に来たら、動きを観察しているが、言われてみると道があるような気もする。自宅の上や左右が白鳥の渡る道筋で、夜中に彼らの声を聴くとパジャマ姿で外に出て、彼らを見送るのも楽しい。鳥も渡るコースがある。鳥や昆虫に道があるとすれば哺乳類にも道があるのだろうか?

高温とパソコン(投稿)

自宅のパソコンが不調になり、昨日からPCの電源を入れ続けていたという話をしたら、彼から「冷やさないとダメなので電源切るといい』

とアドバイスされ直ったことを報告したら以下のコメントが返ってきた。

 

先日のPCの誤動作が治ったようで何よりです。
高温、ホコリ、水、静電気などは精密機械の大敵なので、
猛暑の中でつけっぱなしと聞いてちょっと慌てました。
私は適宜休憩を入れるだけでなく、自分とPCをうちわで交互にあおいでいます。
もちろんそれでどうなるわけではなく、ゲン担ぎみたいなものですが。

日本で始めてPCが発売された頃は、買う人も半ば技術者みたいなものなので、
熱暴走や静電気に神経質でした。
昨日は札幌ではかなり大きな雷が鳴ってましたが、
ああいうときもPCの電源を抜き、コンセントまで外したものです。
感電というほどでなくても、PC内で誘導電流が発生すればCPUが異常をきたすと
信じられてましたから。

当時は電算室への出入りには、静電気の起きにくい白衣を着てましたし、
個人でも、メモリの増設時には、畳の上でパンツ一丁になり、
衣服の静電気が部品に流れないようにしたものです。
電設会社で聞いた話では、一般家庭で精密機械を使うことなど想定されてなかったので、
近所の町工場でアーク溶接しただけで、PCが誤動作したそうです。
その後、至急全国レベルで対策をとり、どんな家でもPCを使えるようにしたそうですが、
今でも雷が鳴るとPCの電源を切りたくなります。

熱暴走も同じで、クーラーの入った部屋でも、PCの中にはホコリがたまって
断熱され、熱溜まりができたりします。
新しい高性能PCになるほど高熱を出すので、内部にはファンが何台も回っています。
でも、空気取り入れ口が壁に接していたり、何かの拍子にファンが止まれば熱暴走なので、
いたちごっこのような気がします。そんなこんなで、我々大昔からのユーザーは、
暑いと自分の体の次にPCが心配になります。

譲ること、引くことで他者を生かす。

政界や都議会のドンやら、一度付けた金バッジで偉ぶる議員の群れ、政府専用機(新千歳空港に格納する2機がゆっくり休めないほど)を使い過ぎるこの国のトップの金銭感覚の鈍感さを見るにつけ思い出す話である。以下の話はたぶん、究極の倫理的な生き方を示しているだろうとは思うが、毎日の暮らしの中での積み重ねがないと咄嗟にはできない行為であろうと思う。議員バッジは廃止したほうが本人にとっとってもいいと思うが。

タイタニックと洞爺丸。譲る、引く。

 

洞爺丸

三菱重工製造 青函

洞爺丸記事朝日

映画「タイタニック」でディカプリオ君が、自分の浮き輪を愛する彼女へ渡して沈んでいくシーンを見てたくさんの人が泣いた。1912年4月14日の事件だ。


実は同じことが、青函連絡船洞爺丸(1954年9月26日)沈没事故にもあった。台風の目に入り、一瞬、静かな天気になり台風は去ったと思い出航した船へ突然の大嵐が襲い、死者・行方不明1155人の大惨事だった。そのとき乗船していた3人の外国人の宣教師のうち誰かが自分の浮き輪を見知らぬ人へ渡して沈んでいったという。(文春文庫。上前淳一郎・洞爺丸はなぜ沈んだか)。筆者3歳のときの台風で、激しい雨風だったくらいの記憶だ。

自分の生死を左右する浮き輪を差し出す行為を、自分が果たしてできるかどうか怪しいなあと感じながら、実はほとんどが我先に生きのびる選択をするだろうなとも感じて、しかし、それを誰も責められないなとも感じて、複雑な心境になる。

宣教師だから、できた行為だとも思えなくて、十分、普通の人々も宗教に関係なくする人はするだろうと推測する。人生において究極の選択を迫られるのは、一番は結婚かもしれない。しかし、これは生死を分かつという意味でもなくて、比べる事案はないなあと思う。しかも瞬間的に反応するのだから、凄いことを人間はやってしまう。

映画の世界ではなくて現実の世界でこれができるというのは凄い。いつだったか、プラットホームから落ちた人を助けようと飛び込み、みずから犠牲になった学生(?)がいた。たくさんのお客さんがいた中で、なぜ彼だけがそれをしたのだろうか?普段からそういう価値観を自分の生きる常識として暮らしていたとしか思えない。たぶん、彼を知る友人たちから証言を集めれば「なるほどそうか」とうなづけるトピックが集まるかもしれないし、ないかもしれない。

それから考えたら、席を譲るとか、地位を譲るとか、引退するという行為がいかに小さなことであるかと思うのである。攻める生き方には強いが、撤退戦には弱い企業風土で、これから価値ある生き方は、譲っても、引退しても、別に命を失うわけでなくて、沢山の人から大喜びされる行為かもしれない。背中を見せて黙って去る、浮き輪は渡せなくても、海に沈むのではない人生が待っている。昔、よく見たヤクザ映画の影響かな。一度トップに座り、引き際を間違える経営者をたくさん見て来て、強くそう思う。社員に愛情があるなら、彼らに浮き輪を渡して欲しいものである。(追記)自分にしか実は関心がないサラリーマン経営者の群れ、世界のトップが大半である。