私が45歳のとき父が急死したため、お経を頼むのに近所の東本願寺へ電話した。お経をあげてもいいが檀家になることが条件だと言われた。慌てていた私なので、この際、どんな宗派でもいいわと檀家に入った。あとで調べると父方は違う宗派であった。さらに家紋まで間違ってしまった。お墓は私の住む市営墓地を1区画買っておくよう父から言われたが、そのときは生活が手一杯で墓地購入は後回し。そして父が急死だ。次男なのでお墓がなくて、納骨堂を購入した。全部で6体入れられる。母も死んで納骨堂に入れたまではいいが、そこの住職から檀家なのに仏具磨きに来ない、熱心さが足りないなど皮肉を言われ、本堂を耐震リフォームするため2億円かかり檀家399戸で1戸最低40万円×口数の寄附依頼があったり、うんざりな寺なので縁切りしたくなった。自分たちはこの寺には入らない決意をしたが、はて、私の骨はどこへ置いたらいいのか迷っている。埼玉の友人は「近所のお寺にプレートで名前を出す樹木葬があったので2区画を購入した」と安心した顔で言っていた。自分の住む恵庭市にも市民たちが入る集団の墓地があるが、格安ではあるが、大きな穴に骨だけをボンボン入れて、俗名を掘るプレートもなく、なんだか寂しいなあと思って、自然葬を行うNPO法人から資料を取り寄せたが、海に捨てるにも漁民に迷惑をかけるし、樹木葬にしても近所の農家からクレームや裁判沙汰になってるケースもあるから諦めた。墓にお金を使いたくないしなあ。川崎の兄は「おれは北海道の墓や納骨堂には入らない」ので、私ら夫婦だけの問題だ。そんなとき、偶然、11月21日の真駒内滝野霊園の頭大仏を見学に行ったら、大仏の横に7年間預かってくれる納骨堂があり、1体30万円であとはお金はかからず、7年を過ぎると霊園の中にあるストーンヘンジに俗名が刻まれて残る。娘と相談すると「それいいよ、ナイスアイディア」と大賛成。お墓に行く途中、芸術の森はあるし、滝野すずらん丘陵もあっていいドライブになる。資料を取り寄せ、前向きに検討するが、そうした場合、さて両親の骨は今後どうしたらいいか。納骨堂から出して同じ頭大仏の納骨堂に移すのがベストだと思うが、それしかないか。親子ばらばらでもいいのかもしれない。埼玉の友人は両親は札幌で別々で構わないのではと言うが・・・・。


私は墓は要らないし納骨堂にも入りたくないですね。では、どうすると言えば、完全焼却で灰にして欲しいのですが、それが叶わなければ小さな骨壺一つだけで後は位牌か浄土真宗の仏壇に架ける掛け軸様のレプリカに享年と俗名が有ればいいです。子供や孫が墓守をしないであろう時代を思えばその程度ですね。この前も知人の大阪の独居の兄上が亡くなりようやく骨壺が届いて兄弟姉妹で里塚霊園の墓に納骨したのですが墓守の弟さんが早くも墓仕舞いの話を切り出したらしいですよ。他の兄姉は未だ建材なのにです。悲しいかなそう言う時代なんですね。私は小さな仏壇を札幌で購入して毎朝亡くなった身近な人たちの顔を思い出しながらブツブツ言ってリンを鳴らしています。お経が読めない坊主の孫です。私が死んだら本州の父母の入っている田舎の墓に入れるとか家内が言っていますが、何となく行きたくありません。千の風になるのは良いとして、どうしても墓の中には。
私は6体が入る納骨堂があり、父母が入っているので残り4つありますが、入りたくありません。住職とのいざこざです。自由になりたいです。寺はどこまでも檀家を追いかけてきてお金を機会があれば寄附を要請してきます。先祖の大事さとか親をおろそかにするなとか理屈を説教を垂れます。先ほど電話で兄と相談して、親の納骨堂はしばらく置いて(年間15000円で息子に50万円経費として預ければ30年は維持できます)、自分たちは別なところでいいのではという結論。骨の行き先を考えるほど実は余裕のある人生なんだと、戦争中の兵士の記録を読んでいて感じました。海底に沈んだり、餓死で白骨化する映像も見ました。お墓の場所で悩むことの贅沢を感じます。