監視社会

1984

街中、監視カメラだ。このブログだって、私の出すメールだって、読もうと思えば、どこでも強権力があれば、読める(危険思想はないとは思うが)。「グーグルなどが、全人類の電子メールやプラウザ閲覧履歴、スマホ保有者の位置情報などを盗み見することを米当局(NSAなど)に許可している。もしくはグーグル自身が諜報機関として機能していることも含め、全人類の活動全体が米国や自国の当局によって監視される状況が強まっている」(田中宇 配信ブログ 4月23日)。

それに、この監視カメラの普及だ。異常なまでの設置台数だ。それによってATMで金を下している人の顔とか、スピード違反の車を捕まえるオービスとか、コンビニのカメラに映った犯罪者や行方不明者の動向とかで、活躍することはあるにしろ、しかし、エレベーターの中も、企業の中も、監視している人の監視も含めて、「ちょっと待ってほしい」と思うのは私だけだろうか?どこまでこの監視社会は進むのか、どこかでブレーキをかけないと生きてる人間の神経がおかしくならないか?

たとえばアマゾンである本を購入すると、「その本を読んでる人は、次のような本も購入してます」とか、60代の男のブログなら「まだあなたも元気に」で精力剤の広告が入ってきたり,夏休みのリゾートホテルを探してあちこちホームページを見ていると、そこのホテルの広告がどんどん入ってきたり、「機械に先を読まれている不快感」「ロボットにその人の傾向が読まれて(価値観が決めつけられる)気味悪さ」を体験していないだろうか?

これは、広告の世界では「マーケッティング」で消費者の行動傾向を分析して、次の消費へ向かわせる常套の手段で、自分もかつてそこの片隅にいたのだが、半年、その世界を離れて、普通の人々の仲間入りをすると、不愉快なマーケッターっているのだな?と思う。さらに加えて、EC中心に現金扱いを減らして、支払いを電子化して、誰が幾ら何のために払ったかを可視化して、テロや麻薬、武器の購入なりを事前に阻止する動きもある。世界中で現金は持たず、カード(電子化)して、本人の口座の残高も丸見えだ。

秘密やプライバシーはこのままいくとなくなってしまう世界だ。それ以上に困るのが政治や思想の世界で、有名なアメリカのマッカーシズム(赤狩り)では、「日本における近代国家の成立」を書いた軽井沢生まれで知日家のカナダの外交官ハーバート・ノーマンを1957年、カイロのホテルからダイビングさせた。相手を決めつけたり、自由な思想世界を監視し、時の政府のイデオロギーで裁く思考回路を断ち切らないと、とんでもない世界、ジョージ・オーエル「1984」の世界が現れて、屋根を突き破って「思想警察」がやってこないとも限らない。

そこに行かないと買えない・・価値

 

 

麦みそ漬け

大分豊後(ぶんご)高田市に「昭和の街」があってそこでしか売られていないおばあちゃんの漬物だ。中津に住む娘が我が家へ帰宅する折り、必ず買いにいく商品で、多めに買って近所へもおすそ分けをして喜ばれている。通販で買えないというところが味噌だ(商品も麦味噌漬け)。通販で買えないものはないくらい溢れている。新聞もテレビもチラシでも。パソコンを開けると、商品のオンパレードだ。

しかし、そういう世の中であっても、そこに行かないと買えない(食べれない・会えない)ものがある。それは必然的に移動を促すものだ。買うために、食べるために、会うために。注文したら、宅配業者が届けてくれるというものではない。自分がそこへ行かないとダメなのだ。必死になって。エネルギーが要る、それを獲得するために商品価値(値段)以上の、犠牲(ガソリン代・交通費)を払いながら行かないといけない。

ネット時代に逆行するけれども(猫も杓子も通販で運転手不足を来している運輸業界)、車もなく歩いていけないご老人ならともかく。北海道なら、わざわざ、オーストラリアからニセコのさらさら雪を求めてスキーやボードを担いでやってくる。ニセコ生まれの私の父は草葉の陰で苦笑しているだろう。歩くスキーで小学校へ通い、冬は大嫌いだった。その同じ雪が、今度は商品に変わってしまったのだ。ハワイの波に乗りたい、陽光を浴びたい、空気を吸いたいために飛行機に乗っていく人もある。「ハワイは最高だよ」。

男女の交際もそうで(あたりまえ)、会うために約束の場所へお互い移動しなければいけない。たぶん、豊後高田の漬物も、昔からおばあちゃんが、彼女のお母さんから、そのまたおばあちゃんから伝わった漬物かもしれない。すべてに共通するのは、我々の五感が、直接そのものに触れて、喜びを享受するということだ。しかも、会いにいくためにそのプロセスでドキドキ感が高揚するかもしれない。イマジネーションも働く。

お盆やお正月に,帰省する最大のメリットは、生の声を聞くために、肌の接触を求めた大移動なのだ。親以上に同級生やたくさんの友人たちとも。言葉の直接性や、買ったお土産の手渡し。そのときの相手の笑顔を思い浮かべて買う。そこまで行かないと会えない数々の人がいる。兄弟もいる。本音が飛びかう貴重な時間と空間。久しぶりに会った大学の同級生と居酒屋で飲みながら、そんなことを考えていた。彼に会うために行った街中で、途中、たくさんの知り合いとも会え、お喋りもできた。歩けばハプニングが待っている。ハプニングの連続だ。「お前、やせたな」「顔色が悪いぞ」「何か心配事でもあるのか」「えっ、あいつが会社を辞めたって?」。時間が生きている、躍動している。引きこもってる暇はないのだ。自分の五感を生かすために。

山下達郎のコンサート

達郎・大瀧 去年8月「マニアックツアー」札幌公演へ。倍率の高い彼の公演は、最近抽選で外れることがないのは、北海道公演は倍率が元々低いからなのか。私は大分に住む娘に申し込みをしてもらっていて、遠くに住む県からの申し込みを優先で当確を出しているのかもしれない。全国の達郎ファンで当たらない人は、札幌公演(2日間)に申し込みを入れることをお勧め。観光を兼ねて来てください。

きょうは、彼の語りの素晴らしい日本語についてだ。ミュージッシャンで、ウイットと言葉の正確さ、情緒の自然さ、お金を払ってきてくれたファンへの徹底的なサービズ精神(アンコールは30分を超える)は凄いとしか言いようがない。音楽のレベルの高さだけでなく、その語りを聞くときの心地よさ。自然さはどう表現していいかわからない。彼がテレビに出ない理由がよくわかる。 あるとき、コンサーツツアーがぴったり止まった時期があった。

FMのサンデーソングブック(当時はジャックス提供)には出ていて、ほっとしたが、彼の紹介する50年代60年代のアメリカンソングは私は全然知らない歌手名のパレードでも、よどみなく心地いい日本語を聞くだけで、品を感じていたのは私だけではないだろうと思う。私も中学時代から洋楽ばかり聞いていて、ビージーズやハーマンズハーミッツが好きだった。シャンソンやカンツォーネも聞いていた。

当時は、グループサウンズ全盛で4畳半フォークもあり、会場で失神者が出るオックスの赤松愛がいたり、話題に事欠かない。「明星」や「平凡」という雑誌が読まれていて、芸能人のグラビアを切り抜いてはノートに貼って、授業中も同級生の女の子はニヤニヤしていた。そんなときも、山下達郎は芯を曲げず、シュガーベイブを結成、都内のライブハウスで演奏をしていて、当時、学生の竹内まりやも聞きに行っていたとは、縁とは奇なもの。 コンサートは演奏・バンドも日本一ながら、彼のアカペラと語りだ、どうしてこう気持ちのいい日本語を彼は会得したのだろうかと前々から思っていたら、根っこに少年時代、祖父に連れられて寄席に行き、落語大好きだったと、「ロッキングオン」かラジオで語っていて、落語家になるのが夢だと申していた。なるほど。

彼は遠慮なく政治の話も会場でする。平和についても。 「僕がここでこうして演奏ができるのも平和があってこそで、これは守らないといけない」というメッセージを出す。去年の「マニアックツア」では、全然売れてないシュガーベイブ頃、長崎の会場で2~300人入るところで、前の方でしょぼしょぼのお客、その中で演奏した2曲を初めて公開した。「この曲を演奏すると、あの長崎での光景が浮かんでくる」と。メジャーになってもつらい時期の記憶はちゃんと残しておくのだと。

亡くなったドラマーの青山純、大滝詠一親分も今年でデビュー40周年を迎える山下達郎を天から応援しているだろうなと思う。そうだ、リードギターの佐橋佳幸さんの奥さん、松たか子の出産が近づいているのでは?松たか子も好きなので、安産を祈るばかりだ。