「難民特区」として申請しては。北海道を。

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シベリヤ鉄道〈右下がウラジオストック)

北海道は元々、北のロシアからの防衛任務を主たる目的に屯田兵を本州から募り開拓した地域だ。廃藩置県で食えなくなった本州各地の藩主が一族を引き連れて、入植した。石炭が出てくると一発山を当てにきた人もいるし、金の採掘もあった。中国や朝鮮から連行されてきた人たちも炭鉱で働かされていた。東北や九州だけではないのである。

そこで、私の提案であるけれど、北海道を「難民特区」と位置付けて、シリアを中心に500人単位で難民を受け入れる特区にしてはどうかという提案である。イスラム教徒と雪国はイメージとしてはつながらないが、札幌周辺は、それ以外でも公共住宅もたくさんあるし、市場機能もある。あとは雪との戦いだけど、冬ははっきりいって本州より暖かい。家の中だけど。

500人単位なら小さな村を形成できる。経済圏の小さなものができる。もちろん日本語とアラビア語が話せる人が10人は必要と思うけど、現在、首都圏で暮らすアラビア語を話す人たちへも移住を奨めて、日本社会との接点を多くする構想だ。輸送はロシアの協力のもとシベリヤ鉄道を使い〈日本政府とロシア政府が協力し合う)ウラジオストックまで。そこから船便で小樽へ(または函館へ)。

あらかじめ北海道は、500人単位で「シリヤ難民を受け入れる意思」のある市町村を募る作業をして、幾つか候補地を上げる。仕事として豚を外して畑や乳業、羊たちの世話などたくさんある。もともと食料自給率400%の大地で、現在TPPで、酪農や畑作が危機に立っている。大規模農家が多いとはいえ、まだまだ農民や酪農民の絶対数が欲しいのが現実。そこで商店を開くもよし、焼き物をするもよし。公民館や学校に礼拝堂をもうけて一日5回のメッカに向かった祈りの場を作る。第一次産業を中心に、難民を受け入れる。学校も公営住宅もある、十分食べていけるだけの援助をして、日本における実験的な難民受け入れ地として機能させるのはどうだろうか?

元々部落や在日への差別がない(薄い)北海道だからできることかもしれない。こういうことが言えるのはたぶん沖縄か北海道くらいではないだろうか。夢のような現実ある話だと思うが。娘の夫がマレーシアでの1年3カ月の単身赴任で、食べ物の味付けを除いて、満足して帰国してきたのを見ていて、イスラム教徒ともっと直に触れ合う機会を増やす必要がこれからの時代、大事なことだと思うので、敢えて提言した次第だ。ある人にこの話をしたら「テロリストが北海道に入ってくるのでは?」と言っていた。敗戦後、進駐軍が来たら、女性はみんないたずらされると噂が広がったのに似ている。

難題はたくさんあるけど、それを一気に突破するのが「特区」の「特区」たるゆえんだ。

しかし、これを書いた後、9月29日号の「ニューズウィーク」に「欧州に広がる難民格差」の記事があって、一番の金持ちは飛行機でロシアへ。次は一人当たり20万~30万を手に自力か斡旋業者の手で難民になる中流階層。言語が2か国語できれば、さらに現地での仕事にありつける層。そしてお金もなく、外国語もできない貧しい層が危険なシリアで生死をさまよっている。ここの最下層の難民を「難民特区」として北海道が受け入れられないか、そう思う。しかし、アサド政権のアサドはメディアに出てこない。ロシアに匿われているのかもしれない。日本は、1975年のベトナム戦争最後のサイゴン陥落で1万人のインドシナ難民を受け入れた実績を持つ。初めは500人から始めて。いまから約40年前の話だ。

永代供養15000円でOK、集合墓地。骨壺郵送可。

‬エジプト死者

今月の市の広報紙で自分の死後、新たにお墓や納骨堂を持たない(持ちたくない)人のために、市が集団で納骨できるスペースを作ったというニュース飛び込む。8日夜に説明会があり、先ほど聞いてきた。私の住む街は人口6万9千人。今回の集合墓地は1500人分収容予定。この無縁やお墓守りがいない、墓があっても遠すぎて行けず、先祖の骨を集合墓地に入れることもできる。会場はびっしり。全国的に自治体が集合墓を造る需要が急増していると言ってもいた。

私ごとだが、少し離れた町で父が急死して葬式のためのお坊さんを町内で探し、東本願寺の檀家になった。「檀家になるなら葬式をしてあげる」と言われて。両親はどちらも次男・次女なので仏壇のない世界で育ってきた私だから、宗派がわからなかった。

このお寺の住職はなかなかインテリ。寺の本堂でジャズコンサートを開いたり、平和運動に沖縄墓参にも参加していた。表の顔とは逆に、金銭要求がひどく(耐震のために本堂を新築する2億円の費用を檀家399戸で割り返した金集め)を始めたり、お盆のときに、仏具磨きに来ない妻が住職から皮肉を言われたり、父と母の葬儀、納骨堂購入で200万円以上を使ったにもかかわらず・・。

さらに上乗せの寄付要請に、怒りを超えて、檀家脱退を考えていた。同志社大学(キリスト教)へ進学したひとり娘の合格を祝し同大学の記章入りボールペンを送ってきた。お寺との付き合いはこりごり。お経も要らない、好きな音楽が流れればいい。母親の死去に住職自身が「巨星墜つ」という文言には笑った。

自分の葬儀も簡素にする計画だ。和室に子供と孫がいてそれでいい。自宅から焼き場へ直送するよう子供たちへは伝えてある。妻が死んだらアメイジンググレイスを、私が先なら山下達郎(最近ロッド・スチュワートのバラード5もいいと考えてる)のCDをエンドレスで流して、兄弟以外には知らせない。そう決めている。

納骨堂の父と母の骨も檀家離脱を考え、兄弟で相談して自然葬の勉強のために資料を集め、研究もした。ホームページには樹木葬が多い。海洋葬は1体5万円で船から石狩湾や希望の海(たとえば沖縄)へ親族が立ち会わなくても撒いてくれるサービス会社もある。妻は泳げないから嫌だと言う。樹木葬については、たぶん私有地だと思うが、場所の明確な記載はなかった。風評被害を考慮しているんだろうね。骨壺を郵便で送れるようにもなって、死んだ人もこれからあちこちに移住が始まるかもしれない。子供たちが肩の荷が楽になるなら喜んで転居する。

ビジネス真っ盛りの人や独身でこれから結婚して家庭を持つ読者がいたら、わからない所だと思うが、私世代、こういう考えが多い。死ぬのも一大事業だ。しかし、死後、入るところができると嬉しいもの。わかる人にはわかることだ。

生きてる人が多い世代は死ぬ人の絶対数も多い。永代供養が15000円ぽっきりでも、私の同世代はまだ80代90代の親を抱え、息子や娘が家から出ず、生活費を子供たちへ補給している人も多い。外からみたら年金支給で悠々の暮らしに見えるが、どっこい人生はそううまくはいかないものだ。足すものあれば、引かれるものありだ。隣の芝生はよく見えるだけ。4歳の孫も月曜になると「ああ、幼稚園に行きたくない」と漏らすことがある。まるで学生かOLかサラリーマンだ。生きるって年齢とは関係なく大変だ。

未来は未来で予想外、プラスティックの発明。

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「未来は未来で予想外ではあるけれど、20世紀初頭から1950年代にかけて興隆したSFに、プラスティックという素材が人類の生活において占める位置の大きさを予測した作家が誰もいなかった。(中略)フィクションや未来のなかの自分をイメージするとき、我々は自分の知っている知識や経験だけを基にしているんです。しかし、未来の原料は我々の知っているものとは限りません。そういう例は限りなくあります」(ジャン・クロード・カリエール)。

9月30日の「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」の中に書かれてある印象的な発言のひとつだ(75p)。可塑性があるがゆえにあらゆる金型に流し込んで枠を作る。スマホや携帯・パソコン・テレビの外枠やら100円ショップにある製品の多さにびっくりだ。はじめ柔らかくて固まるとハードだ。カメラもそうだし、SDカードの外枠もプラスティック。デジタル世界をプラスティックが支えている。

しかし、上の引用文でいくと、自分の経験や知識にはない原料の出現も考えられて、突然、文明の反転が出てくるかもしれない。その素材を私が知るわけもないけど、自分の肉体のような気もしてきている。たとえば遺伝子だったり、細胞だったり、髪の毛だったり、こういう場合、意外と身近な素材が出てくる可能性もある。素材の発明史で特質するのはやはり、獣の皮、樹木や紙や火薬、鉄、石炭、石油、ウランそして植物(薬草探しを世界でしていて薬の大発見につながる)

素材そのものもあるがそこから発明が出てくるわけだが、気づくのは、結局武器への転用を第一位に人類はし続けていること。なぜだろうと考えると、結局、大きな資本(お金)がないと、素材を加工したり、物づくりが大量にできないというあたりまえの現実にぶつかる。世界史年表を久しぶりに開けて読むと、古今東西から現代(未来へ)まで戦火の止む時がない。年表には書かれない、もっと血なまぐさい部族同士の戦いもあったろう。記録されない戦争や殺し合いの方が多いかもしれない。

現代は「国境線の変更は、必ず血をみる」という現実。地下資源が原因でなくても水だったり耕作地だったり、女性の取り合いもあった。しかし、近代国家の国境線はアフリカ・中東はイギリスとフランスが最も犯罪的な線を引いたり、アメリカもメキシコからカリフォルニアを強奪した。ドイツやイタリア・日本は遅れて参加、第二次世界大戦の陣地取り戦争を起こしてしまった。

素材の発明史から離れるが、素材の発明を見ていると血の匂いがべったりくっついている。たぶん私は軍事アレルギーなのだ。このアレルギーを大切にしたい。