世界全体、日本全体を俯瞰して未来に向うレポート。988本目

不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどうどう前向きに生き抜くか~

知人から、下記のレポートが若者の間で話題になって、炎上騒ぎになってもいると書かれてあって、さっそく会社のコピー機を使い、毎日、電車の中で繰り返し読んでいる。

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

20代と30代の、国家の未来に危機感を共有する経済産業省から精鋭30人が東京大学の総長たち13人と民間は松岡正剛さんを筆頭に各分野で見識ある人たち13人にヒアリングと勉強会を重ねて纏めたレポートだ。A4横で65pにわたる。日本の各省庁の統計やOECDの調査も入れて、チャートも多用して誰が読んでも一目でわかるよう書かれてある。

現代世界は低成長に入り、国家も溶解して避難民が1億人近く人類史上最悪な人間環境になり、貧富の差が国ごと、国の中でも格差が広がり、正規雇用と非正規の年収格差、母子家庭が貧困から抜け出せず、貧困の連鎖が繰り返される実態。レポートが発表されたのがことしの5月。日本の未来には人口構成からいって、ここ10年が国の舵取りの勝負だという共通認識に立っている。

これまで、失礼ながら高齢者=弱者として、医療や年金面で優遇をしてきたとも書かれてある。時間あれば読んで欲しい。若手の官僚たちの苛立ちも伝わってくる。たとえば、定年後の暮らし調査で、60%以上がまだまだ社会の中で働きたいという感情を持っているとか、20代の意識調査で「社会や国に貢献したい」人たちが世界からみて日本はダントツに高いのに阻まれている実態(このレポートを書いている官僚たちもきっとそうなのだ)も率直に述べている。

新聞やテレビのニュースは読まず・聞かずでいいから、このレポートを何度も読むことで、チャートで生々しい日本の現実が伝わってきます。またそういうように構成されて書かれてある。医療費の削減もある時期から、「胃ろう」(胃から栄養物を入れて延命措置をするだけで医療費を高騰させていた)を薬価の点数を下げて、できるだけしない方針が出されると40%減少させることもできた。既得権者との日々の闘いをしてきたのだとわかる。

特に年金受給にはまだ遠く、住宅ローンを抱え、子どもの教育費のピークに入ってる40代後半から50代の「変化を嫌い、悪くても現状の待遇、リスクを犯したくない」人たちのとんでもない厚い壁に「若手の官僚たち」「変革意識の高い民間の若手たち」が立ち止まってしまう。

このレポートの出だしに、彼らは「日々の日常業務をこなしたうえで、このレポート作成に参画している。各省庁の次官もこの動きにOKサインを出している」と断った上で書いている。新聞社でよくある匿名で社内の派閥抗争を書いたり、内輪話に終始する怨嗟の本とは違う内容なので、話題が開かれている。目からうろこの話も多いから、会社のコピー機を使い通勤途上で繰り返し読む価値がある。

今回、「たちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」に参画した20代・30代の官僚の卵たちは、同世代で派遣や母子家庭で暮らす人たち、引きこもりになっている身近な、余りに身近な知人を持っていて身体で反応しているはず。日本の年齢構成国家の行く末をたくさんの国が見ている。果たしてどういう政策をしていくのか見守っている。

若者2人が75歳以上の老人を支えるではなく、老人二人が若者一人を支えるくらいの気構え、政策転換が必要かもしれないとレポートを読みながら思った。学生運動を起こし、日本社会の変革を目指した世代が67歳から70歳に入っている。あのエネルギーを「車だ、海外旅行だ、趣味の時間の充実だ、健康器具や薬の通販、時間余ればテレビ漬け」にならないで、もっと外に社会に目を向けて若者が生きやすい地域つくりや志を同じくする若者を紹介することができると思う。人生にはリアタイアはないのである。リタイアは棺桶で十分である。例外で老人二人が若者を一人支えると先ほど書いたが、各家庭で現在進行している。引きこもりの男女の暮らしを支えているからだ。さらに80代後半から90歳代の親たちの面倒を看ている。知り合いに90歳代の親を3人抱えている人もいる。60代で働きたくても介護のために職を辞した人もたくさんいる。個別の事情を考慮すれば一般論は書けないが、このレポートの限界は若者にも老人にも住みやすい国づくりの視点を、税金の配分の部分でばっさり切ってるところだ。本質は、税収の殆どは公務員の人件費に消えているんだという以前にあった公務員大削減案が込められていない。役所に行くと若い女性が多いが、聞くとパートやアルバイトで、実際の会議は男仕事の補助的な役割しかしていない。

その他、参考になる資料を2・3掲げる。

しかし、このレポートの盲点を二つ書くと、福島原発の放射能の除染と汚染、大地震の予知での首都圏の機能マヒについて賢く避けられている。経産省という省庁の置かれた限界かもしれない。最近、市町村議会議員は必要ないのではないかと週刊誌記事も散見される。昼間は普通の仕事を持って、夜にパートで議員の仕事をする(時給2000円くらいで)社会貢献の形がベストと筆者は思う。それだけの体力がない人は必然的に議員にはなれない。議員の高齢化をも防止できる。

友にして悪き人、良き人(兼好法師)

友にして悪き人、良き人。兼好法師「徒然草」から

兼好法師

1283年(?)~1352年(?) 兼好法師

小谷野敦著「友達がいないということ」(ちくまプリマー新書)を読んでいたら、昔、古典の授業で習った兼好法師「徒然草」のなかで、有名な友達にして悪い人はこういう人だと述べた件が引用されていて、高校生の頃、古典嫌いな私であったが、この部分は強く印象に残ったものである。こうである。

「友とするに悪(わろ)き者、七つ、有り。一つには、高く、やんごとなき人。二つには、若き人。三つには、病(やまい)無く、身強き人。四つには酒を好む人。五つには、猛く、勇める兵(つわもの)。六つには、空言(そらごと)する人。七つには欲深き人。良き友、三つ有り。一つには、物呉れる友。二つには、医師(くすし)。三つには、知恵ある友。」(第117段)。

偉くなって頂上を極めたような人は親身に相談にはなかなか乗ってくれないもの。若い人も経験不足で頼りない、病気をしたこともない心身屈強な人も、病人の気持ちを理解できず、意外に冷たい人間だ。酒飲みも避けた方がいい。猛々しく戦や戦いを好む人もだめ。嘘つきはもってのほか。欲望が底知れぬ人も避けなさい。

知人はたくさんいても、意外に「友達」は誰って聞かれると答えにくいもので、こちらは友人と思っていても相手は、そうでもなかったという経験は一度や二度ではない。男の場合、現役時代は、ライバル関係が抜けないので、同じ企業にいる人間より、外での知り合いの方が本音で付き合えるということが多い。一見、友達が多そうに見える人も、実は無理して付き合っていたりして、内実は早くひとりになりたいというのが本音だったりしてね。

50代半ばに大学の学生食堂でお昼ご飯を30年ぶりに食べに行ったとき、窓際の席が一列、外に向かっておひとり席になっているのにはびっくりした。ひとりで食べるにしても4人席の中で一人で食べるならわかるけど、最初から一人だ。せいぜい、横並びで二人か!?しかし、問題は、こういう物理的な空間の話ではなくて、友人の選択と排他性のことを小谷野敦は述べている。

特に三番目の、病の経験もなく健康な人々の人間観はどこか冷たいと。いまの医学では運動は必ずしも健康には良くない、ウォ-キングやストレッチもマラソンも避けた方がいいという医者もいて、運動=健康=善という図式は崩れてはいるがまだまだ根強い偏見が蔓延している。カラダが健康でも心は意地悪でイジメをやっている人間は小学生から社会人までごまんといる。

昨日から甲子園の高校野球が始まったが、クラブ内でイジメが横行していることは、一度でも体育会系の部に身を置いたものなら知ってることだ。そのまま、社会人野球やプロ野球へ行くにしろ、10代に身に付いた癖は死ぬまで取れないね・・と筆者なら思っている。スポーツ記事を書いている本人だって、その辺は熟知しているはずだが書かない。

大手の広告代理店やテレビ局になぜあんなに元体育会系が多いのか不思議に思っていたが、兼好法師に言わせれば、「三つには、病(やまい)無く、身強き人。五つには、猛(たけ)く、勇める兵(つわもの)。」は友に適さない人ということになる。さらに酒飲みも多いときている。友として悪(わろ)き人の典型になるのだが、果たして真実はいかに?私の経験から言ったら当たっている。六つめの「空言(そらごと)」も多い。

友達にして良い人は医師(くすし)以外にいまなら弁護士を入れてもいいかもしれない。ただ、物呉れる人は汚職にもつながるので仕事上では避けた方がいい。知恵ある友はなかなか見つけるのが困難、世紀の大事業かもしれない。意外や足元の妻だったりして。

男の大半は臆病である。10月14日掲載

「草食系男子」という流行語がメディアで使われ、女性誌のかっこうの材料になっていて、さらに小子化の一要因にスケベ親父の大学教授評論家とか政治家があちこち「自分の助平を正当化する(これはこれで正しいが)ために、いまの若い者は云々の文脈で語られると(ウルサイワ)にならないか・・・そんなことから書いてみた。

男の大半は臆病である(精神科医 名越康文)

 

『女は臆病な男が嫌いである。しかし、男の大半は臆病である』(女はギャップ 扶桑社文庫)

けだし名言である。自分を振り返っても居酒屋で男同士で話す話題も『臆病であるがゆえの強がりであったり、意固地であったり、見栄だけであったりする。そこに女性でもいるものなら、臆病ではないところを出し合う場面に転換して、最後の支払いの段になると、おれが払う』まで発展する。

福岡伸一さんの本『できそこないの男たち』も地球誕生が46億年前、最初の生命の発生が36億年前、それからさらに10億年で複雑な生物の誕生になるのだが、はじめはすべてメスであった。強いメスの縦糸に、ちょこちょこ横断するのがオスである。お笑いで昔、ちょっとおじゃましますという言葉が流行ったが実はそれこそオスの正体ではなかったか。おじゃま虫である。

男の臆病さからさまざまな行動形態が現れる。他人をたえず意識しながら生きる性だとしたら、強く見せようと武器を強力にして、より多くの相手を殺して英雄願望を満たしたり、知識で武装して相手を言い負かせて強がる。

フランスの16世紀の学者モンテーニュの随想録27章、『臆病は残忍の母』という1章をもうけているくらいだ。16世紀、宗教戦争真っ盛りの只中だから、裸で男の残忍さが露呈している。『経験によって、この意地の悪い非人間的な心の激しさ・むごさは、通例、めめしい意気地なさに伴っていることを知った』(956p 白水社 縮刷版)。そして男の代名詞、勇敢や勇猛や武勇は『その効果は抵抗にぶつかって初めて発揮される。闘牛も抵抗がなければ面白くも無い』

野球にしても、投手からみたら打者、打者から見たら投手が抵抗体である。相撲も相手がいて(抵抗体)はじめて勇猛という形容詞が誕生する。しかし、ブログの読者の多くが男性だとしたら、『男の大半は臆病である』という言葉に同意すると思う。ここのところをほとんどの女性は誤解をしている気がする。名越さんの本は、男の本音を語って女性に恋愛のイロハ、男ココロをこっそり教えている虎の巻のような本で、まずいなあと思わせる本であった。

さらに現代政治の権力者に向けて、モンテーニュは『何が暴君たちをあんなににも血を渇かせるのか。それは自分の身の安泰をこい願うからである。彼らの卑怯な心は、自分に危害を加えそうな人々を、いや引っ掻かれるのさえ恐ろしくて、女までも、ことごとく根絶やしにするほかに、安心するすべを知らないのである』(同書964p)

エジプトでもギリシャでもローマでも中国でも江戸時代も現代の北朝鮮でも自民党内でも日本企業の派閥抗争でもどこでも見かける風景であるが、この『女は臆病な男が嫌いである』。が真実だとしても、嫌われてもいいから無謀なしなくてもいい争いから身を一歩引いたところで生きたいものである。

しかし、臆病さが男の本質を言い当てているなら、そこをわかる女性が賢い恋愛に入れるかもしれない。少子化を言うならこのあたりから、議論しないと先には進まない気がするのだが、いかがだろうか?