心臓にガンができないわけ。

雪だるまとポーズ(時計台)筆者撮影 2月21日

心臓にガンはできない。私はその原因を『あれだけ動・静脈が流れているから、ガンになる暇はない。毎日毎秒心臓の筋肉は動いて血液を流しているからね』と思い込んでいた。間違いである。福岡伸一ハカセ著『できそこないの男たち』(光文社)(243p)『心臓の細胞は生後2年ほどたつと、分裂することを停止する。だからその後、もし心筋梗塞などによる酸素不足で心臓の細胞が死ぬと、細胞は二度と再生されないことになる。細胞の分化と停止。…一方、細胞がもはや分裂して増殖しないゆえに心臓は決してガンになることはない。なぜならガンとは細胞分裂が制御できなくなる病気だからだ』生後2年で、心臓の細胞分裂が停止するなんて初めて聞いた。びっくりである。しかし、2歳でできた心臓の大きさがそのまま成人や老人まで続くとしたら、幼児にとっては大き過ぎで、成人にとっては小さ過ぎないか?ゴムまりに空気を入れると大きくなる原理が心臓で働いているのだろうか。いわゆる心筋が伸びる状態だ。49歳のときに急性心筋梗塞になり、最初の病院で誤診で帰され、次の日、近所のクリニックで発見・救急搬送されて即ステント入れて冠動脈を広げた私。発見の1日の遅れが私の心筋の30%の壊死を招いた。循環器の医師3人に『壊死した心筋は、早足で歩いて血流を良くすれば、壊死部分が細胞分裂をして増えるのだろうか』と聞いた。3人ともノーであった。福岡センセイの言うとおり、2歳で心臓の細胞分裂は停止しているのだとしたら壊死部分の回復はないことになる。私はてっきり心臓も普通の筋肉同様、細胞分裂を続けていると思い込んでいた。不思議な臓器である。お母さんのお腹の中から始まって、その鼓動を止める死まで昼夜間断なく血液を全身に送り続ける臓器だ。心筋壊死で疲れやすい体にはなったが、70%の心筋があれば日常生活に不便はない。しかも、心臓にはガンは生じないというから凄い。たとえ血流にガン細胞があって心臓の中を流れても心筋には留まらないということだ。


国内の心臓移植手術の現状について報告文書がある。心臓移植研究会がまとめたものである。心臓移植を待ってる人が国内に600人前後、特に子供を中心に多い。もう4年以上待っている人が大半で、1億円以上の寄付を集めてアメリカへ飛び立ち、移植を待つ子供も多い。

http://www.jsht.jp/registry/japan/

2月の雑談。

1月下旬、妻が3泊4日東京へ。私はいずれどちらかが一人になるので私が残された場合を考えて『飯づくりのいい経験だ』と張り切って4日間の朝・昼・夕のメニューを考え、外食利用せず、冷凍食を使わず、台所ですべて料理をした。ここまではいいいが、だんだん飽きてきた。

旦那さんに早く死なれて、パーキンソンが進行していた隣のおばあちゃんに土日買い物をしてあげていたが、『できたおかずを買ってきて。材料ではなくてね』と言われて、魚もすでに焼いたサンマやニシン、カレイ揚げや焼き鳥などだ。『作る気がしない』と何度も言っていたのを思い出した。餃子も冷凍ではなく、火を使わず、すぐに食べれるギョウザだ。そして『一緒に食べようと』言われるので、ついつい私も自分が食べたいものを買ってくるようになった。『食べるときは誰かと食べると楽しく、美味しいよね。ワイワイ賑やかに』。彼女曰く『貧しかった社宅暮らしでも二人の子供と賑やかに暮らしていたころが一番楽しかった。今はお金には困らないが、全然楽しくない、貧乏なころが楽しかった。どこを切り詰めて暮らすとか真剣に考えていたからね。暮らしはどうにかなるものよ』二人のお子さんは結婚しているがどちらにも子供が授からず孫はいない。亡くなったご主人は子供好きで私の子どもにお年玉もくれた。『いつでも神棚に10万円置いているから、急に入用なら貸してあげるよ』と。私も国鉄アパートや長屋暮らしを知っているから、困ったときのお互い様感性は生きている。

隣のおばあちゃんもそうだが、子育てまい進、住宅ローン借金そして終わり、両親を4人見送り、子供二人独立、やれやれと筆者も思ったが、急にあれっ、背負う荷物が無くなった。背負う荷物がみんな片付けば楽々人生かと思いきやそうではなかった。これで、妻が先に逝き、私ひとり残されればどんな人生になるか想像する。その訓練を最初に書いた。見通し暗い。生きるために食事を作る最初のところでつまづいている。ご飯を考え、作り、食べ、後片付けし、昼ごはん考え、次は夕食。一日は食事だけでぐるぐる回る。これをしながら仕事をする主婦って怪物に見えてくる。さらに風呂の用意と洗濯をして生きるとは。主婦恐るべし。さらに男社会のストレスを直接浴びて帰宅する。子供も思うように育たないし、旦那も仕事の口実で夜が遅い。優しいねぎらいの言葉も少ない。