第一印象、習慣の力?(コロナを離れて)

第一印象、習慣の力?

私の母が82歳のときに、娘が結婚して嫁ぎ先の大分から婿さんを連れて老健施設に紹介に来たときの話。

婿さん曰く、まず祖母の第一印象が娘と私にそっくりだということ。さらに顔もさることながら醸し出す雰囲気の酷似にびっくりしたと笑い話になった。がらっぱちでテキトーでアバウトな感じらしい。さらに野菜嫌いの生活習慣も似ていて、これは孫にまで受け継がれている。私は恥ずかしい話『野菜を食べないと体に悪いわよ』という躾さえなかった。自分が嫌いなものを子供に勧めるわけにはいかないので4世代がそっくり野菜嫌いになっている。困った親子・孫であるがどこか嬉しいものである。私も野菜嫌いだがなんとか定年まで生きられたので良しとしよう。

身内には見えにくい印象や雰囲気は外から見ると外見以上に食べ物の好き嫌いや振る舞いに伝承されているから怖い!私たちの日常生活は遺伝のDNAより習慣の力のほうが強いかもしれない。こうなると私の母の母(祖母)や父親はどうであったか知りたくなる。外見は遺伝情報で説明できるが、立居振舞い、食べ物の好き嫌い、言葉遣い、おしゃべりや無口はどうも家庭を支配する母親の価値観や習慣が左右していると思わずにいれない。では父親はどうかと思われるが、存在感が薄い時代で父親は外で働き、家庭は妻に全部任せ、たまに近所の球場に子供を連れて行くかキャッチボールをする程度で良しとされた。もちろん母子家庭も現在同様多かった。

最近、多発する誘拐犯の独身男性の近くに父親の存在・気配が一向に感じられないのは私だけの印象だろうか?父親は社会の鏡として息子に照り返されるはず、また被害者側にも私の偏見でなければ父親の匂いがしない。そこにも社会が感じられない。SNSで一気に他人の声や言葉に(社会を介在させず)届ける癖が醸成されている。男の場合、同世代の女性との付き合いができず、より弱者な年齢を選択している。この(社会を介在させる)という意味は、メールでも手紙でも相手と適度な距離を保ち続ける営みなので高度な技かもしれない。

3人の転校生ととっくりセーター

 

コロナ記事で埋め尽くされて、疲れてきたので一息つきたい。

小学校を3つ変わっているので転校には慣れている私だが、別れは悲しいもので、校長室へ転校の挨拶に行った帰り、私はよく泣いた。妹は気丈で私はメソメソだった。6年生になって札幌市立N小学校に転校した。札幌一のマンモス校で1クラス50人以上。1学年10クラスあるから6年生までで3000人は優に超えた。私を含めて4月の入学式後、6年2組に転校生3人が紹介され,黒板前に私も並んだ。

一人は函館から来た蓄膿気味の、少し緑色の鼻汁が見える勝田君だ。もう一人は鎌倉から来た男の子で名前は忘れた。道産子の会話のイントネーションは語尾が下がって終わるが、彼は『・・・じゃん』と語尾音を上げる。教室の中で鎌倉弁だと口々に言い合い、語尾を上げる話し方がしばらく流行した。真っ白いとっくりセーターを着てお洒落なハイソな雰囲気が漂い、とにかく女の子に抜群にモテた。お父さんは新幹線に関わる国鉄マンであったらしい。『さすがお坊ちゃんだね』と納得の男の子であった。そして私である。背がちんちくりん、恥ずかしかってもぞもぞ発言。目立たない地味でおとなしい転校生だ。函館から来た勝田君は、水泳の日に25メートルプールをクロール、バタフライ、平泳ぎで抜群の速さでゴール。一気に存在感を増して人気者になった。鎌倉のとっくりセーター君の人気はクラスを超えてアイドル的になった。

1クラスが50人もいると転校生は何かの特性がないと目立たないものである。私は勉強も抜群にできるというわけでもなかったし、体育は苦手。特性のない転校生であった。面白いのは、新しくクラスに入ってきた子にお節介とちょっかいを出す生徒が必ずいることで、私にもM君が接近してきた。『どこから来た、兄弟は、お父さんの仕事は、どこに住んでいる』と矢継ぎ早に聞いて来る。構ってくれるのは、クラスに慣れるためにありがたいのだが、けっこううるさい。M君は高校を出て地元のデパートに就職、婦人服売り場で下着を盗んで免職、次はどこにいたのか知らないが、中学のクラス会で再会。離婚して15歳年下の女性と再婚、子供をもうけて現在タクシーに乗っていた。『いいなあ、15歳も年下と暮らせて!夜も楽しいだろうな』と男ども。『何、言ってるの。それはそれで大変なんだ、子供も小さくて死ぬまで働かないといけないんだ』。ガンバレM君。

先週、真っ白いとっくりセーターが欲しくてユニクロに行くとLサイズがあって買ってきた。鎌倉から来たお坊っちゃんの影響かもしれない。成績の話でいくと当時は絶対評価で90点以上取れば全員5の評価で、中学に入るとオール5が10人はいた。次の年からSSという偏差値が導入された。子供たちが文部省の役人たちにもてあそばれてるように感じたものである。偏差値は止めて絶対評価に戻したほうが子供の精神衛生上、いい結果を生むと思う。ユーモアがあって下を向かないで良く笑う子供が増えますように。