昨日のブログへのコメント(民間と公務員)(投稿)

 

職業選択する上で、民間企業でも余程しっかりした大手以外、メリットが多い公務員や国会議員や地方議員を選択するわけですね。半民半官的企業にも同じような事が言えますが、一番のメリットは潰れない倒産しない事ですね。商品開発の知恵も必要なく、そして営業先は皆無、売上ノルマなど存在しないですからね。黙っていても、通っているだけで給与もボーナスも保証されていますからね。今回のコロナ禍では大小問わず大抵の企業は倒産の憂き目に遭っています。いや、既に無くなってしまった企業もありますが、もし生き残っていても、社員たちは減俸で目前の生活すら成り立たなくなっている人たちだらけでしょう。親亀がこけたら子亀もこけるように取引先が倒産すれば取引業者も全滅ですね。ですから同じ立場や目線に立たなければ、現実を理解できていないのでしょうね。「それは民間を選んだあなた方のせい」とでも、きっと勘違いしているのでしょうね。国も地方自治体も、半官企業も、全てを民間に頼って成り立っている事さえ分かっていないのかも知れませんね。いよいよ憂鬱な確定申告の時季です。給与で所得税や住民税を課税され、年金からも住民税や介護保険料など引かれる事ばかり。おまけに何故か確定申告でさらに追徴税が課せられるシステムです。それでなくても高齢者が国民健康保険料を年間50万円近く収めるのはきついですね。医療費を調べたら夫婦で13万円弱でした。(わずかでも給与所得者のため3割自己負担)ほとんどが効かない高い薬代ですね。働く高齢者は「働けど働けど我が暮らし楽にならず、ジッと天を見る」ですね。天を仰いでも雪しか降ってこない北海道ですが、お金でも降れば良いのですが・・・。昨年の確定申告で。訪れた税務署の相談員が私に「〇〇さん、税金を納められると言う事は幸せですよ」?と。???。

コロナ対応雇用調整助成金の相談員から(沖縄からの投稿)

昨年7月より、沖縄労働局でコロナ対応雇用調整助成金の相談員の期間限定臨時職員をやってます。

コロナで休業に追い込まれた各事業所から提出された申請書を審査して支給決定の可否を判定する仕事です。

 

これまでは売上を創る民間の仕事のみに従事してきましたので、予算を使う公務の仕事は初めてですが、

ストレスは殆どありません。公務員は若いうちは仕事が単調で刺激も無くつまらないかもしれませんが、

高齢者には最適な仕事ですねぇ。臨時とはいえボーナスも有給休暇も有りですよ。

 

公務の仕事をして初めて、政府や国会議員、官僚達があんなに嘘の答弁を繰り返すのかが理解できた。

即ち民間企業が嘘をつくと顧客離れで売上ダウン、会社の業績に響くことになるが、

政府、国会議員、官僚等が何をしようが国民や企業は納税の義務から逃れられず、悪事を働いた彼らの懐は

何も痛まない。

 

菅は亡くなった翁長前沖縄県知事と対峙した時に、「私は戦後生まれなので沖縄の歴史についてはわかりません」

と平気で言ってのけた人物であり、「世の中を動かすのは政治である」と政治の道に進んだとも言われる。

即ち、国民の幸せ、国の豊さの実現に向けて奔走する国家経営の経営者=政治家になりたいのではなく、

単に権力を握りたかっただけの男=政治屋ではあるまいか。

 

彼にふさわしいのは、安倍を8年間支え続けた「NO2の汚れ役」が適役だろう。

それを見誤り、菅なら無派閥なので自分も幹事長として生き延びられると察知した利に敏い二階堂が

菅を担ぎ出し、権力を握りたい菅との利害関係が一致した結果、現在の老害政治に至った所以だろう。

 

安倍は平時で嘘八百並べ立てて長期政権を維持し、コロナで非常時になるとどうにもならなくなって、

仮病を使って政権を投げ出し、TOPの器でもなく非常時の政権運営の経験も無い菅が火中の栗を拾って

しまったというコロナ劇場日本版だと私は思います。

 

100年前のスペイン風邪のパンデミックは、日本では収束に2年2か月も要し、

感染者数2,300万人、死者39万人も居たという。(当時の内務省の資料より)

当時と医療体制、衛生観念、経済規模は比較にならないが、何故100年前の教訓が生かされず、

マスコミにのニュースにもならないのだろう。

 

100年に一度のパンデミック。

「災害は忘れた頃にやって来る」

とは、この事なり。

「誰にも会いたくない」というのは「誰かに会いたい」ということだ(むのたけじ)

むのたけじ(詞集たいまつⅡ160p)。『どんなにひとりぼっちでいたいときでも、だれか一人の他人とのつながりを望む気持ちは捨てきれない。それが〈人〉だ。「だれにも会いたくない」というのは「だれかに会いたい」ということだ。』。箴言のかたまりのようなむのたけじさんの(たいまつⅡ)。

ほかにいくつか紹介します。すべてたいまつⅡから。

●みんなのものであってだれのものでもない地表に、私有だ、公有だ、国境だとクイを打ちこみはじめたときから人類のハートは血を流して痛みはじめた。死ねば大男だってせいぜい一坪しか占有できず、当人もたちまち土に同化してしまうのに。

●所有するなら、用いるために所有せよ。使わないものは持つな。

●鏡を割っても顔の汚れは消えない。

●他人の私事に関心をもちたがるな。話題はつまるところ二つ、財布と性器だ。だれだって持ってるじゃないか。のぞき見をするひまに自分のケツを洗おう。

●いまの子どもはカネに敏感で有名になりたがって責任感が乏しくてラクをしたがるなどと、実はおとな社会の投影にすぎないものを殊更の発見のようにこねくりまわして名を売ってカネをかせいでいるおとなたちがいる。「現代っ子」屋という営業は、まことにさもしい。

●他人のつくった道を歩こうとすれば方向を強制される。自分の道をつくれば方向は自在である。それが地表の掟だ。

●子どもをいましめるのにすぐ「世間」の二字をもち出す親は、世間なるものに助けられた喜びを経験していない。そしてたぶん世間なるものに尊敬されてもいない。

●世間さまに申しわけない、世間に笑われるぞ、世間に顔向けできなくなる、世間の口に戸は立てられない、世間の目はきびしい・・・・・といったふうに絶えずいわれると,子どもはかえって社会になじまなくなる。

●西郷隆盛という人は青年に対する対応がまことにていねいだったそうですね。来訪した青年が帰るときは必ず自分で玄関まで見送った。居ずまいを正してすわり、ふかぶかと辞儀をして「おたの申します」といって見送った。青年のだれに対してもそうだったという。2400年むかしのギリシャ人ソクラテスもまた青年に出会うと必ずその方を向いて、特徴のある大きなハゲ頭を深く下げておじぎをしたという。時の古今、洋の東西を問わず、歴史を自分の足で歩いた人の胸中には、時代の新しいにない手たちに対する尊敬の念があふれていた。青少年に対する尊敬なくして、なんの教育ぞ。