起業家の成功や失敗、意外なこと。

1-世代別起業家構成  資料が古くて申し訳ない。c42094ec240bc22d2a9ad77fe1ac3ee5

私の年齢になると、会社を興しては、ある時期まで順風満帆だったのが10年後、倒れたり、廃業に追い込まれたり、拡大していまも続く会社もあるが、どこが成功と失敗の分かれ道なのだろうと考えた。一度、倒れても懲りずに再度、別な会社を立ち上げて成功者になってる人もいるから、短い時間では結論は出ないが。倒れた後にすぐに頭を下げて、謝りに行く人は、新たなビジネスを立ち上げるとき、被害者からも応援を受ける場合があると元北洋銀行頭取武井正直さんの本に書いてあった。頭取は身内や親族に財産名義を移してから計画倒産するケースを幾つも見ているから、なるほどなと思う。倒れても応援を得られる、得られないはたとえ100%倒産した後の職場の紹介とかにも影響する。

ただ、成功者といっても上場までいった人を指すわけではなくて、小さくてもずっと食べていける企業、他人に迷惑をかけずに生きている企業だ。札幌の場合、市場が狭いから、とりあえず会社を辞めても1~2年はひとりで暮らしていける余裕があること、勤めていたときのネットワークが維持されていること、明確にこれを売りにという決意や決心を強く持たなくても、なんとなく独立志向を昔から持っている人。この最後のところが力を発揮する場合が多い懐を広くしているからだ。あと何となく、経営を頼まれて、仕方なく企業経営の道を行く人も意外に成功の道を歩む人が多い。「しょうがないか、やってみるか」と。その人の人間性やズルさのない生き方を本人はわからないが他人が認めているのだ。

こつこつ地味に派手さはないが、信用ならだれからも持たれる人、そんな人が地味に長年成功(成功とは倒産や廃業に追い込まれず・・程度の意味だが大事なことだ)を継続できる。ある本に、会社を辞めて毎日、新聞の切り抜きをして暮らしていた人がいて、それで世の中の流れや傾向を自然に身に着けて、これからはこうだろうと勘を働かせて、小規模ながら成功の道を歩んだ人の例が出ていた。

私の知人も大きなクライアントを持って独立した。事務所経費・女性事務員・媒体への支払い・印刷会社への支払い、そして自分の給与、、立ち上げて数年間はパーフェクトであった。3ケタの給与が自慢だったのか筆者に「給与明細書」を見せてくれた。しかし、10年後、スポンサーの仕事量も減り、支払も滞り、遂に自己破産に追い込まれた。途中、「新しい顧客をどうやって見つけるのか?」と筆者に質問してきたり、「通信販売の新規事業」をネットで開始したり、様々な手を打つが後手後手であった。

元の会社とケンカ別れをしていなければと悔やむ筆者ではあったが、現在勤める会社が嫌で独立志向を志す人は、案外、失敗するケースが多い。それならまだ同業種でサラリーマンになった方がいい。動機が出世競争の一時的な敗北による屈辱(また、人が変われば状況が変わるのに)から、現勤務先のスポンサーや取引先もごっそり持っていくケースだ。これは見えない敵を増産してしまい、スムースなネットワークを阻害する要因になるし、マイナス情報もどんどん流され(支払い遅延など)仕事遂行上、余計な神経や取引先から「前金条件」が提示されたり、仕事が流れなくなる。

結果として、スポンサーからの信用も落としてしまう。大きなスポンサーがあることが、新しい新規開拓や人の性(さが)で楽な道を進む癖を作ってしまう。塩野七生が古代ローマの都市の興亡を分析して「興隆と没落は原因は同じ」という法則。Aという商品(これが石炭の場合、わかりやすい)で繁栄を築けば、Aが必要とされなくなれば(石油に代わる)採掘都市も没落する。

企業城下町を思い浮かべると日本中わんさかある。ひとりで企業を起こす場合、大きなスポンサーの没落で倒産するわけで、そうならないために、人間ネットワークの大事さやいろんな話を持っている人間を受け入れるキャパシティーや学びの習慣、場合によっては、デスクを貸して、そこで彼なりの仕事をしてもらう人を見る目を持ちたいものだ。もちろん異能の言いたい放題の勉強家や彼にしかないネットーワークも取り込めば、そこに来る(集まる)のが楽しくなる、ヒラメキや大脳活性化、即、行動へ移せる楽しい集団になるだろう。

29歳の古市憲寿著「だから日本はズレている」(新潮新書)を参照した。(1985年生まれだからことし30歳)

女性にとって都合がよい夢は男にとって悪夢、男にとって都合がよい夢は女性にとって古臭い男の論理。

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「パラサイトシングル」という単語を1997年2月8日日経夕刊で、基礎的な生活条件を親に依存して生きる未婚者たちに命名したのは1957年生まれの山田昌弘さんだ。

私も恥ずかしながら29歳まで自宅から通勤して、さらに家には一銭もお金を入れないで、すべて遊びと交際費に使っていた。元祖パラサイトシングルを地でいったような私がいまさら、「パラサイトシングル」を語ると言っても自分の青臭い時代を思い起こすようで嫌なものである。

この本では、こうしたパラサイトシングルの数が現代日本で1000万人になっているという驚愕の数値も出てくる。基礎的な生活条件として、住居費・光熱費・水道代・食費・車(親から借りる)などすべて親に依存していたら、特に女性の場合、ブランドや買い物、旅行へ注ぎ込めるお金が豊かになるのは目に見えている。もちろん貯蓄や老後に備えて生命保険に入ったりする。また、派遣やアルバイトであれば給与が安くて基礎的な生活費を取られては豊かになれないから、自宅にいると贅沢な暮らしができる。安全だし。

親の家がマンションや戸建てなら、ずっとそこに住み続けることも可能だ。しかし、経済はどうなるだろうか。家を出ると不動産が売れる(賃貸家屋が埋まる)、借りる人(部屋)が増えれば、電化製品や家具や寝具が売れて需要が増える。世帯数が増えて物も売れるというわけだ。個々に考えれば、日本の経済を成長させるために生きてるわけではないのも真実だ。

とはいえ、パラサイトならばどうだろうか。小さなテレビや元々あるもので間に合う。結婚についてはどうだろうか?女性のパラサイトシングルから考えると今の暮らしより、夢が膨らみ、豊かになれるなら、またこの人とずっと夢を紡いで子供を育てて、豊かな人生を送れるかどうか考えると二の足を踏む。そんな保証もないし、子育ては大量にお金がかかるし、辛抱な暮らしが待っている。男の方も女性から大きな夢を語られても、いまの自分にそれを実現させていく経済力や勤め先の未来が見えない。男からみれば結婚はハードルが高い。「女性にとって都合がいい夢は男にとって悪夢だ」。これは年齢とともに上がっていく。妥協しなくなるケースも多いとお見合いを成功させてるいる経験者は語っていた。

男の場合、パラサイトしていてもたえず外を見ているので女性と少し違う。機会があれば家から出ようとする意識も高い。親がそれをまた望んでいることも肌で感じる。私の世代で当たり前の価値観だった妻は地味に家庭を守ってくれよとでも言うものなら「封建的」や「古臭い論理」と笑われる。

パラサイトは寄生する親や家があって初めて成立する。寄生する木々が倒れた後(死んだあと)にどうなるのか。経済もどう変わるか?近々の課題で、最終章にその絵が描かれてある。65歳を過ぎても働き続ける人たちの背中に自身の年金の頼りなさとパラサイトする子どもたちを養わなければいけない現実も隠れている。さらに長生きする親の世代の介護や医療費を負担している60代も多い。ここの部分は見えにくいが、深刻である。引きこもりやニートも多い。外で働く以前の問題で苦しんでいる近所の親たちの苦渋に満ちた顔を見るのもつらい。同世代でも、多少年金が高くても毎月出て行くお金で赤字。

若い世代が、団塊世代を「年金食い逃げ世代」と皮肉ったが、個々の事情を見ると貧富二極化はここにもある。

 

夜の10時までに寝る人の割合と電力消費。

                     漆黒の闇が迫る大雪山系(グーグルから)

筆者の就寝は午前1時ころだ。ブログの公開を確認して、あちこち手直しをしてから寝る。4月6日に続いて倉本聡「倉本聰の姿勢」(エフジー武蔵)に、日本人が夜10時までに寝る習慣の割合が書かれてあった。巻末提言 東日本大震災に寄せて「人に問う」から。348p

1960年 65%                 1961年 自動販売機出る 1964年 新幹線走る 1965年 原発運転開始

1970年 45%    1975年 24時間コンビニ出現  1976年 NECパソコン発表

1980年 35%    1987年 NTT 携帯電話発売

1990年 28%   

2000年 24%

2010年の数字がないけど、たぶん10%台ではないかと想像する。24時間営業のコンビニ、夜のネオン街・残業続く官庁・民間、デジタル化で照明の光度を上げたスタジオを使うテレビ局や記事を書く新聞社。そして、それに従事する人々。工場も24時間フル稼働するから3交代で電力を使用する。福島第一原発の爆発で、管前首相は福島民友記者のインタビューで最悪の場合、首都圏3000万人の避難を想定していた。真夏はビルのエアコン稼働で消費電力が大幅に増えて、福島原発が大車輪の仕事をしていた。(家庭での電力需要の37%はエアコン)

「電気がない!?電気がなかったら暮らせませんよ!」

「そんなことないですよ」

「夜になったらどうするの!?」

「夜になったら、眠るんです」(有名な北の国からの一節)

しかし、原発から出る廃棄物処理と原発1基解体に約1000億円かかる。55基の解体で5兆5000億円。心臓部の原子炉解体は長年中性子を浴びて、鋼鉄そのものが放射化されていて、解体はロボットなど遠隔操作が必要だ。現在、ドイツのビュルガッセン発電所でも当初900億円の解体費用が1300億円に膨らんでいる。

日本の電力代はアメリカの2倍以上で、解体費用を電力会社が持てば、その費用は利用者に電力代金の上乗せをしてくる公算が大きい。燃料棒もどこでどうするか。最終処理が完成したうえでの原発推進ではなかった。しかし、日本中の都会の暮らしは、私を含めて原発に乗って生活してきた。放射能廃棄物も、ガラス状に固めて地下に埋める(一時期、北海道の幌延が実験のために試掘した)方式もあったが、放射能が湿潤して、乳牛が草を食べてミルクが飲めなくなるということでペケになった。ドイツは石炭を掘った穴の奥に部屋を作り置いている。

原子力の平和利用はあり得ない。夢ですらない、むしろ悪夢。ドイツの格安航空機がフランスの山にぶつかり、全員即死した事件があったが、飛行機の破片の散り方がおかしいので、あれはフランスの原子力発電所を狙ったテロの可能性があると言われている。それでフランス軍が撃ち落としたというのだ。いまもISは原発を狙っている。自爆されたらヨーロッパは難民どころか住めない死の都になる。ひとたまりもない。狭いヨーロッパなのだ。

日本の場合、海岸沿いに林立だから高い津波にも、直下型地震にもテロにも弱い。日本列島が生きられる土壌の大地になるかどうか。こういう議論がもっとオープンにメディアでヒステリックにならずに、国民を長く生かすためにという大目標は共通しているわけだから、官民挙げて解決策を模索・実施する時期にもう来ていると思う。原発問題が解決しないうちは、オリンピックは返上した方がいいかもしれない。経済の前に生存の問題がある。誰にだってわかることなのに。お金で健康な大地は買えない。

倉本聰さんのエセイや講演に流れる基調は、生存の基本の基を言い続けている。

向かいの92歳の元農民のおじぃいちゃんは午後7時には床に就き、朝の4時に起きる。100歳まで生きるのじゃと申す。冬でもアイスバーンの歩道を自転車でスイスイ乗る。先日、転んで倒れて道路で血だらけになっていて助けに行ったが、平気な顔。北海道開拓の血を思い出させる人物だ。夜になったら眠るんです・・を地でいってるような人だ。外で美味しそうに毎日10本のタバコを吸う。おじいちゃん曰く、タバコは健康の素だ。肺がんの一番の原因はタバコではなくて自動車から出る排気ガス。タバコが魔女にされている構図だ。ナチス帝国は、健康・健康・健康、一斉に同じ科白斉唱だ。気味の悪い国になってしまった。鉄や電力や石油やエネルギーを食い散らす自動車産業の犠牲に葉タバコ農家が犠牲になっている。

参考 宝島社 世界一わかりやすい放射能の本当の話 別冊宝島編集部編