メールあれこれ。

6月26日撮影。筆者の住む団地横の菜の花

先日会った社長さんへ、『私のメール届きましたか?』と電話すると『いつの何時頃に送られましたか?』と聞かれ、『時間までは記憶がないので・・』と曖昧返事。『一日100本のメールが来るので探すのが大変なのです』。社長さんも返信を書くだけで一日が暮れてしまうだろうと同情する。東芝の仕事をしていたときに、『メールは10行以内、後は添付ファイルで送ること』というルールがあった。今はどうなのか知らない。こうでもしないとビジネスにならないらしい。しかし、要を得たシンプルなメールは案外難しい。私は時候の挨拶から始めるからどうしても長くなる。現代はメールの本数に比例して文字表現が溢れていて、誰も彼も文字を書くのでその量たるや天文学的な文字数になろう。音声なら録音でもしないと残らないが、一度書かれたものは削除が相当難しいので注意しないといけない。愛国者法が成立したアメリカではグーグル、フェイスブック、ツイッター、マイクロソフト社は国家が強制的に捜査できることに同意したので、メールのやり取りに犯罪の臭いでもしていたらアウト。ご存知の(検索キーワード)で絞り込めばメールを隠し読みできる(?!)制度になっている。メールの一日の本数の話から突然愛国者法へ話が飛んだが、メールの良さは時間差で、好きなときに書いて好きなときに読む。それも24時間OK、いや来週でも来月読んでもいい。削除や無視してもOK.しかし、メールにシャカリキになる時代がいつまで続くのだろうか?いずれ飽きが来ると私は思うが、これに代わる何か(何だろう?)も出てくるかもしれないが、インターネットでこのメールという発明物に代わるもの、私の予想どおり飽きがくるのだろうか?他人と会話したい、知らない人とでも文字交換したい欲望があれば無くなることはないが、私たちは今後どうなるか未知の世界に突入している。最近、メール疲れやスマホが大脳に与える悪影響の論文や書籍が増えている。そして毎日、メールを見ないと不安になるメール中毒も増えた。終わらないメールを次々書いてくるからいつまでたっても眠れない。そういう経験はあるだろうか?聞いてくれる人が欲しいのだろうが、相手の寝る時間を考えて欲しいと思うのだ。しかし、中には深刻なメールもあるかもしれないので起きている間は読むが、緊急性のないものは私のパソコンへ送って欲しいものである。

父、戦争体験語らず~背中から声から伝わるもの~

父、戦争体験語らず~背中から声から伝わるもの~

 

高校2年のとき、日本史・夏休み自由研究に「戦争体験を両親から聞くこと」と宿題で出された。以前から日本史教諭は、道内の女性史の戦中聞き取りを集めては本や論文を書いていて、今回も集まった作文をまとめて1冊の本か資料を作ることを企んでいることはわかっていた。とはいえ、私も父親が満州から引き揚げてきて6年後に生れた子供なので、「父さん、自由研究に戦争体験を親に聞くという課題があるんだけど」と言うや否や顔を真っ赤にして「話すことは何もない!」と言下に拒否。余りの言葉のキツサにこれ以上聞くのは止めた。

母に聞くと、元々父は南満州鉄道に勤めていて、大陸から引き揚げてくるときに陰惨な光景をたくさん見た。子どもを捨てる親も見たと。自分もロシア人に腕時計や金目のものは身ぐるみ剥がされて、ようやく逃げてきらしい。話はここまでだ。親父が棺に入るまで、この戦争体験については私から聞くこともなかったし、向こうからも話はなかった。ファシズムの起源や大東亜戦争責任論の本を政治学者や評論家の本を読むだけであった。ただ、「この本を買ってきてくれ」と私に初めて読みたい本を告げられたのが、角田房子著「満蒙開拓団」だ。

貧しい日本から、広大な満州の土地を与えられて(すでに開拓している中国人はいたのに)夢を見た家族や単身者が満州へ移り住む開拓団の物語らしいが、私は未読だ。父も3人の子育て終え、暮らしに余裕が出てきたときに、思い出したのは父自身の青春時代のことだったのだ。どういう時代背景の中で、満蒙開拓団は生きてきたのか知りたくなった、意味のある満州だったのか知りたくなったのではないかと想像する。引揚者だけの団体に加入しているようすもなく、父の青春時代は謎のままだ。小学生時代に病弱な母を亡くした父の寡黙な態度だけが印象深い。

妻の父は、中国の南方戦線へ従軍して帰国した。しかし、聞くところでは、夜中にときどき大声で叫ぶらしい。それは80歳まで続いた。どんな夢の風景に叫んでいたのかわからない。満鉄で働いていた父と中国戦線に従軍した義父では、同じ第二次世界大戦とはいえ、経験したことは違うし、南方の島々で餓死したり、自害した兵士、沖縄県民を考えると、戦争は一度起こすと最低100年(いやそれ以上)は、普通の暮らしの生き方に影響を与える。日常生活においても、どこか戦地の記憶を引きずって生きていくのだが、安全地帯にいて指揮を執る人間にはわからない。

1910年、朝鮮合併があって、これまでの彼らの言語をすべて日本語に強制し、文化を根こそぎにしてしまったこと、炭鉱開発や鉱山開発で財閥系企業中心に働く労働者を中国・朝鮮から強制連行された歴史が今も吹き出している。被害者の記憶は子々孫々伝えられていく。生物学的に記憶は遺伝はしないけれど、文化の遺伝子というものがあるとしたら、活字と映像で残る。戦後生れの個人はいったいどこまで、国の過去や事件(戦争や植民地化)に責任を持つべきなのか、この辺が曖昧のまま(できるだけ見ないようにして)戦後世代は、経済まっしぐらに走ってきたけど、父親世代にあった悲哀や夢の中の叫びは何であったのか、もう一度考えてみたい。

さらに、戦後生まれの被害者側も直接に被害を受けていないものの、先祖にされた被害の記憶をどこまで断罪していくのか、またそれはいつまで?期限のない、締切がない未来展望は単なるカタルシスでいいのか。アフリカでも中東でもウクライナでもチェチェンでも新疆でもネパールでもユーゴ内戦でも莫大な数の身内が殺されている。私の家の屋根から爆撃砲が落ちてきたり、軍靴を履いて突然、自宅に土足で上がり込み、銃を乱射されて妻や子供たちを殺されたと想像してみると、果たして自分はどういう行動を取るのか?

そういう場面にお互い追い詰めてはいけないというのが、人類が会得した知恵だと思うがどうだろうか。

両親がダメ人間になれば『引きこもりは治る』(中島義道)

両親がダメ人間になれば「引きこもり」は治る(中島義

 

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引きこもりについての統計

中島義道さんの「人生に生きる価値はない」(新潮文庫)という衝撃的な題名の本の41pにある。

街頭放送や親切過ぎるお節介な交通機関の親切アナウンスは活字を読んでいたら邪魔でしょうがない。札幌駅に降りれば、真正面の銀行の壁にビジョンがあって封切り映画や新しいCD発売のプロモーションビデオががんがん鳴る。札幌駅を降りてこの風景はないだろうと、去年12月、札幌市の広報課へメールして、担当の課へ回され、その日のうちに返信がきた。

これも中島さんの「日本のうるさい私」を昔、読んだ影響かもしれない。返事は「決められた条例の範囲の音量でしたから、問題がありません」と。札幌駅北口生まれの私としては、街としての品位のことについて言ったのに、観点を変えられての返事。通じない世の中になってきた。大きなイベントの告知でもない限り、静かな環境にしてほしい。

朝の通勤の静けさは、誰にとっても心地いいということがわからない。出付き看板も邪魔だし、電信柱も景観を害する。小さな頃からこの景観や騒音に慣れてしまうと気にならなくなるものだ。それが「普通」という感性を作る。

実は「ひきこもりは、この普通という価値観との戦いを日々している」と言ったら言い過ぎだろうか?「外に出たいけど出れない」「働きたいけどどう普通にしゃべっていいかわからない」「親からガミガミ言われる。何でもいいから学校や職場へ行きなさい」「世間の価値観に普通に従っていればなんということはないじゃない?」。

それと同じことをしろと迫る親に吐き気を催す本人たち。私の周囲にも30代の女性2人、男40代ひとり、知り合いの引きこもりがいる。男40代はもう15年になる。厳格な教員の両親、テレビはNHK以外はご法度。9時までには就寝だ。「引きこもって、いまはその家のご主人様になっている」。犬における権勢症候群みたいだ。

しかし、中島さんはそれを治す道があることを教える。それは両親がぐれる、犯罪や破廉恥行為を起こして、親たちが徹底的にダメ人間であることを可視化したときに治るという。息子は俄然、頑張るはずだ。親が善良な市民を演じ続けている限り、引きこもりは治らない。これはあくまでも家庭内で治す場合なので誤解のないように。

私は仕事(講演の依頼)で何か所も心療内科へ行ったが、見ていて、これは「家族病」だと思った。足元の家族の人間関係(深く見たくはないだろうけど)からきていると確信している。本当は心療内科へは家族全員が集って受診すると治りが早いと思う。なぜなら、本人だけでなく父親も母親も姉もみんな心療内科に来る病を持っている、普通ではないことを「一番苦しんでいる本人にも家族も苦しんでいることを知らせる」ことになるからだ。そうするとダメ家族のために彼は立ち上がるだろう。

なぜこうなるのか?中島さんは以下のように言う。「引きこもりとは両親に対する復讐にほかならないからだ。両親がおろおろすればするほど面白い、途方にくれればくれるほど、喜びが込み上げてくる。彼は、じわじわ相手の心身を滅ぼしていく復讐の喜びをもって、人間として最も卑怯な輩に転落したのだ。彼は時折≪死んでやる≫と自殺をほのめかす。彼は弱い者特有の卑劣極まりない手段で、最も扱いやすい者を最も手軽な方法で支配している」。43p こうした現象が日本全国津々浦々起きている。

何かの参考になればと思って引用した次第だ。とはいえ、引きこもって新しい発明や創造物をつくることをしているかもしれない