身辺雑記(1)

)台所の天井ライトでヒューズが飛んで、カバーを外すと照明機器の部位が熱を帯びていた。近所の電気屋さんを呼んで、LED照明にチェンジ。漏電で火事が起きたかもしれない。くわばらくわばら。この際だから、風呂場や玄関灯もLED照明にしてワット数を上げた。電気代が下がればいいが。

2)函館行き特急北斗の6両編成が通過したが、誰も乗っていない車両があった。昨日は金曜日なのでいつもより人は動く日。出張はじめ人の動き封じ込められている。

3)近所の農家を訪問。ハウスもの野菜の作業が始まっていた。レタスとアスパラガス(注:アスパラガスはほぼ10年収穫し続けられる。もちろん肥料は入れるが)の成長が待たれる。アスパラガスといえば日高では4L,5Lの太いアスパラガスを生産している。帝国ホテルのシェフがひょんなことから試食して絶賛。以降、帝国ホテルが作る料理を食べる首相官邸と虎の門会館に出るアスパラガスは、4L・5Lの1本4000円以上の特大アスパラガスが使われているという話だ。

4)知り合いの居酒屋が昨年12月31日で閉店、店を譲り渡した。マスターはどうしているか電話すると、知床の羅臼からいま稚内へ向かう途中で温泉三昧をしているドライブ中であった。機嫌がいい。いいタイミングでコロナで居酒屋不景気の波に乗らずに閉店できた偶然に感謝していた。59歳で独身、調理人不足でホテルをはじめ彼を雇用したい旨言っていたが、人に使われず、小さなお店を開店したいと言っていた。筆者は下戸なので、焼き魚を食べになら行けるのでそのときはよろしく。

5)市立図書館の一時休館で筆者の日常生活が狂う。困ったことだ。習慣の力は恐ろしい。40年通勤した人がある日から通勤ゼロになる苦痛を言っていた。そうだろうなと思う。定期代って大きくて、これまで支給されていたものを全額自腹で払うとなると、年金から交通費を出すとなると、自宅に引きこもるかウォ-キングをすることになる。私は週3回の札幌と図書館行きのリズムが内蔵されている。

6)植物同士、おしゃべりをしているという話だ。植物に感情があるということは聞いたことがあるだろう。丁寧に心をこめて水を遣ると綺麗に咲くが、乱暴に撒くとそれなりの咲き方をする。

7)鮭が川を遡上して、メスは卵を産み、オスはその上に精子をかけてそれぞれ死ぬ。死ぬ原因を体力を使い果たして死ぬと思ってはいやしないか。本当はカビで死ぬのだという話。体力が低下するのは確かだが、それでサケの免疫機能が低くなり、エラから入る川の水で同時にカビも侵入して鮭の細胞に憑りつき、免疫機構が破壊されて死を迎えるというわけだ。何だかコロナウィルスやエイズの話に近くなってきた。免疫は『自分』でないもの『非自己』を拒絶する仕組みだが、元気なうち(子どもや若者)は安々と拒絶できるが、体力低下や持病持ちは弱い。またコロナ話が憑りついてきた。

ノイローゼという言葉が懐かしい。

ノイローゼという言葉が懐かしい。(加筆)

うつ病という言葉がこんなに日常的に、会話に、テレビ番組に、映画にたくさん出てきておかしいと思う人はいないのだろうか?私の若いときは、両親は「あの人はノイローゼだから」という言葉を多用していて、その真意は、何事も神経質で、細かいことにこだわって仕事や勉強がはかどらないのだという程度で、どこかに寛容さや、時間が経過すればすぐに治るよという楽観があった。うつ病の定義は、アメリカ精神医学会編纂「精神障害の分類と統計の手引」第3版(DSM-Ⅲ)に依っていて、この定義づくりに製薬会社の治験やお金が投入されているのは言うまでもない。うつ病の定義が広がる、一般に周知されれればされるほど、患者が増えてると思わないだろうか?(というより、言葉や単語が使われ出すと、その該当者が続々増えてくるという現象の話で、不登校や引きこもりも大病以外は昔はなかった。下痢をしてでも行ったものだ。言葉があると、しかも細かく分類されてしまうと、患者を増やすことになるという話で、医者と薬メーカの収入のために病気は作られている部分が相当あるということだ。)

 

街中に乱立する心療内科の看板を見るにつけ、人気の病院は診察まで何か月待ち状態である。これといった医療設備投資も要らず、使うのはアドバイスと抗鬱剤・精神安定剤といった薬。それも1種ではなくて何種も組み合わせて、患者負担を増やさせて通い続ける。こう書く私も恥ずかしながら、以前、在職した会社で「うつ病なんて怖くない」と題した講演会をF社からの協賛金で開催した。当日は超満員で参加を断る状況であった。講師もこの道の権威ある先生であった。そのときに作成した小冊子はF社のMRが日本全国の内科を中心に置いた読本である。何回も増刷を繰り返した。余談ながら、私は当日は患者さんが、たくさん来るから、明るい雰囲気作りにと前座に、地元の落語家を呼んで、笑いをとろうと思った。しかし、これが大失敗であった。

終わった後のアンケートで「笑いをやるとは何事か!」「真剣に病気を治そうと思ってきたのにふざけてる」と最悪の評価であった。ただ、この講師自身がうつ病で苦しんだ体験を話し始めると、患者の体が前向きになり、親しげな雰囲気に変わっていった。鬱は鬱に親しみを持つ。私の発見である。最近、私は鬱って伝染性があるのではないかという思い込みである。別にウィルスがいいるわけではなくて、暗いと周りも暗くなる程度の話だ。私のところにも4月人事で「環境最悪」とか「朝から暗くて暗くて」「バカをやれる人間が、ムードメーカーがいなくて」というメールが入ってくる。製薬メーカーの高笑いが聞こえてきそうな昨今である。それより精神科の医師がうつ病に罹患していると見えるのは筆者の偏見であろうか?

いい患者になるために。

故ディープインパクト 筆者撮影 社台スタリオン

いい患者になるために。

2回ほどの入院で学んだことは、いい患者になると、入院生活は楽しいということだ。ある本(そんなこと、気にするな 桜井章一 プロ雀士)に老人病院で一番手を焼く入所者は、かつて金持ちで、社会的にとても偉かった人たちだという。一流企業の元社長や役員、大学教授、弁護士、政治家、官僚、検察官・・・。共通して弁舌が立ち、わがままであり、看護師や医師の言うことを聞かず文句ばかり言う。人を馬鹿にする癖がある。病院中のスタッフから嫌われている。どうせ入院するなら楽しく送りたいもの。あげくに、家族や元部下たちもお見舞いもどんどん遠くなってくる。どうしたらいい患者になれるのか?私が心筋梗塞で入院した部屋に10歳くらい年上(私は50歳で入院)の穏やかな人がいた。ある日、『専務、決算書です。サインをお願いします。』とやってきた。サインをして部下たちが帰っていったが、彼はどこの誰であるかも言わず、いつものバカ話に戻った。お互い退院日を合わせて、風呂に入り、背中を流させてもらった。穏やかな人であった。もう一人は、札幌の藻岩山下の病院の院長から聞いた話で、雪印乳業の役員が末期がんで入院していたが、愚痴を一つもこぼさず、たんたんと入院生活を送って、必ず、医師や看護師に『ありがとうございます』と言うことを忘れなかったと。院長の話ではクリスチャンではなかったかという。亡くなって、医師を含めて全員が泣いたよと。感動を残して亡くなる人に共通するのは、威張らない・感謝する言葉を忘れない。筆者の2か月にわたる入院生活はどうであったか?これは自分で語ってもしょうがない。私の入院生活に関わったたくさんの人たちに聞いてもらうしかない。しかし、いまは意地の悪い看護師もいるから、その対策も患者側でしなくてはいけない。入院生活を快適に過ごすのは、主治医より病棟の看護師との付き合い如何、同室の人たちに嫌われないための工夫であって、その部屋で身分や会社や学歴を自慢するところではないということ。自慢したいなら高額な個室に入って、他人との交流を絶つ孤独な入院を送るしかない。