田中宇、国際ニュース 新型コロナウィルス

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(人類の7割以上が感染し、2年以上続くウィルス危機)について書かれています。ウィルスと共生しないといけない話になりますが、現在のメディアはまだこの認識には遠いと筆者は感じます。感染した人の再発は稀にありますが、感染することによって免疫をつくり、免疫者が人類の大勢を占めれば、新型コロナウィルスのパンディミックは終わります。例外は新型コロナウィルスのワクチンが開発されて(現在、製薬メーカーや大学研究所で猛烈にワクチンを研究・開発中)投与が始まると、罹患者の割合がぐんと減るということです。開発されれば巨大な利益を得られますからね。感染症や疫病やウィルスというものについて、歴史的に考えればそうなるだろうなと思います。亡くなった免疫学者の多田富雄さんならいまの新型コロナウィルスについてどういう発言をするだろう。

ヨガの師匠から、夜間のトイレを減らす工夫、ヨガの神髄とは。

1)寝る前に筆者は必ず水を飲んだりして水分補給をしないと喉がカラカラになる。北国は部屋が暖かく乾燥気味なこともあるが、ブログ公開時間が夜中の0時2分に設定しているので、確認をしてから眠るが、4時には一度目を覚ましてトイレに向かう。眠剤を服用しているから眠りは早いがトイレは近い。同世代のヨガの先生が『私も夜中に何度もトイレに起きるので、ポカリスエットを飲んで見たら朝まで起きなかった。理由はカンタン。普通の水やアルコールは膀胱へすぐに向かうが、ポカリスエットは塩分も含まれているので胃腸に細胞から吸収されるので水分が膀胱に溜まる量が少ないので、トイレ回数が減る』というわけだ。1.5リットルのポカリを買って、昼間から試験してみた。確かにトイレ回数は減った感じがする。夜がどうなるか楽しみだ。加齢とともに大脳に尿意を知らせる伝達部分が鈍くなり、危ないことが何度かあったので、いいヒントをもらってありがたい。

2)先生は若いときに『沖ヨガ』に惹かれて、3か月間、研修した後札幌に戻り、ヨガ教室を始めたのであるが『ヨガの神髄はなんでしょうね、何か大きく変わったことってあります?』という質問に『ヨガの神髄ですか、一人一宗ですかね。それぞれ一人教祖、ひとりが信者みたいなもの。新興宗教や世界の宗教は、組織を維持していくために布教をするじゃないですか。ヨガは一人で完結みたないものです』『ヨガで大きく変わったことですか、考え方は変わりますが、その人の本質的なものは変わらないのと違いますか』。学生時代は登山や探検部に入り、無人島へ行ったり、昨年は青年の船に乗り船上でヨガ教室を開いた。アクティブ人生を送ってきた。オウム真理教がメディアで取り上げられたとき、普段どおりのヨガ教室の生徒が激減したことがある。妊婦のための『安産ヨガ』、サラリーマンやOLのため『体の固い人のためのヨガ』鬱っぽい人のために『リフレッシヨガ』など時代や世相に応じてカリカリキュラムを考えた。

3)新型コロナウィルスの蔓延でヨガ教室は3月は全休にしたが、いつ終息するか先が読めないので月々の家賃も高く3月中で学院を閉めることになった。未来のヨガ講師を目指す人たちの養成にも力を入れた。これからは求められれば出向き教えるヨガライフを送りたいと言っていた。PHPから本も出しているので、関心のある方は下記本を求めるといい。水野健二である。ヨガは心のチカラです。35年間、筆者と仕事でも雑談でも付き合ってもらった。

4)札幌南高校が夏の甲子園に出場したことがある。前年から野球部部長がヨガを取り入れたいということで水野先生が指導していた。ヨガの成果で集中力が増したのかもしれない。

指でもヨガができます。

85%の人々が未来に希望を持つ。

 

85%の人々が未来に希望を持つ

たまたまネットで『ニューズ・ウィーク』日本語版を読んでいたら、欧州・米国・日本の国民の15%しか未来について『希望』を持っていない。中国はじめアジア各国、アフリカ、南米は85%が未来に明るい希望を持っているという論文に出会った。15%側にある日本で『不安』や『絶望』『悲観』が毎日のように活字で流されて、こんなことをしていては健康な人も病気になってしまうと筆者は思うくらいだ。

それを忘れたいのか連日、正月でもあるからお笑いタレントと所属事務所の稼ぎっぷりはすさまじい。経団連加盟の企業主たちは、社内留保が多過ぎるという批判もあり、代理店を通して大量のCMを使って正月らしさを演出している。3月決算期も迫っているから人件費に使うくらいなら電波とYAFOOに使えと言わんばかりである。

しかし、テレビをOFFにすると日々の現実がある。日々の現実が充実していれば、テレビを見る時間はないかもしれない。85%の未来に希望を持っている人たちは、これから経済的に豊かになってゆく、家族の暮らしが上向いて子供に教育を与えられ、様々な電化製品を購入したり、色々な国へ格安航空を使って旅に行ける。ものづくりの仕事がどんどん入り、人件費も上がるからである。未来はいたって明るい。1950年1960年代の日本の青天井の社会のようである。バブル崩壊前までこれが続いた。

2018年になって、「希望の格差」がこういうことになるとは思わなかった。ヨーロッパ・アメリカ・日本の暮らしはその質において高いものを維持していたが、それはもう守れない。守れないどころか下げないといけないというところから生じる不安なのかもしれない。しかし、現実は毎日の食べ物さえ満足に食べられない子供たちも多い。日本社会も二層に分断されている。だから15%の不安云々の前に、子供たちへ食べ物をである。アメリカも同様で公的な補助で食べ物を供給している。

相当前は、アジアやアフリカへFAO(世界食糧機構)が飢える国々へ食糧を運んだ。いまも難民キャンプへは続いていると思うが、FAOの有力メンバーのいわゆる先進国内の足元で同じことが起きている。1960年代、豊かな北と貧しい南を称して「南北問題」と言っていて、堀田善衛が「いずれ、南の国の人々が北の人へ復讐するときがくるかもしれない」と解説に書いていたのを思い出す。植民地主義の特集本であった。

資源を奪われ、賃金安く使われ、富を吸い上げられてきた。「あなたがたの豊かな暮らしは私たちの貧しさに依拠しているのですよ」という理屈である。これはしかし、シーンを変えれば「あなた方政治家や官僚たち、天下りを繰り返して税金を食べ散らかす」人たちへ、派遣社員や民間の中小企業の人たちが話す怨嗟にも似ていると思う。どこかしこで社会が二層に分断されて、行き来がない状態だ。NHK教育で「ニッポンのジレンマ」を見ていて、能弁に喋る学者を囲む無言のオーディアンスに学者たちは気付いただろうか。無言の溜まった感情という存在である。