しょっぱい醤油が恋しかった。九州の醤油、甘い。

案内で回ってくる予定だ。

 

3泊4日の大分中津旅行で、超有名な天ぷら屋さん、空港内の和風料理、中津の割烹料理、そこで食べたうどんやそば、マグロの刺身に使われていた醤油たちの甘いこと。割烹の女将に「北海道から来た旨伝えると」「九州のお醬油、甘いでしょう」と教えられた。旅の最後は娘の自宅でギョーザパーティーだ。ギョウザの醤油も甘かった。以下、各種の料理の写真です。和風処鬼太郎のサシミ、天つゆ、鬼飯にも甘さがほんのり。みそ汁は合わせみそだ。写真から甘さが伝わらないのが残念だ。

天ぷら専門店 ひらお本店 昼休みと遭遇、長蛇の列

和風処 鬼太郎 ここの鬼飯が超美味い

鬼飯です。山菜ご飯

資(すけ)さんうどん 中でもゴボテンうどん人気

資(すけ)さんうどんメニュー

 

しょっぱい醤油に慣れている北海道なので、ことのほか福岡と大分の料理に使われる醤油が甘かった。マグロの刺身は塩味の強い醤油が恋しかった。パソコンを開けばなぜ九州の醤油は甘いか書かれているが、実は東北や北陸でも甘口の醤油が使われていることを思うと、九州は海に囲まれて魚が多く、生臭さ取るために甘口を利用したとか、鹿児島に近いことから沖縄などの砂糖を使った料理が広がったとか、長崎の出島から砂糖が入ってきたとか書かれているが、北陸や東北の甘い醤油の根拠が説明できなくなる。北前船が南から北へ運んだ物資に砂糖があったと思えば理屈が通る。関東もしょっぱい醤油圏だ。

 

醤油は大豆と小麦を原料に麹(こうじ)に食塩と水を混ぜ、発酵させてつくる。このとき塩分量が関東の薄口で19%、濃厚で16%だ。九州は15%しかない。大人気の卵かけごはんには九州醤油が合いそうだ。娘婿は大好物だと言っていた。

ところで私の住む町のスーパーにも甘い醤油が売っているのか探検してきた。イオン系列のスーパーだ。こればっかりは味だからね、味は保守的な世界だと思うけど、今度札幌にある博多ラーメンで醤油ラーメンを食べて確かめてみたいが、地元で受け入れられる味の調整がなされているから意味のない食体験になるかもしれない。博多や中津で食べてくるべきであった。

製造は大分県臼杵市フンドーキンであった

儒教・道教、東アジア圏(知人から)

 

昨日のブログに続いて知人からのメールです。

儒教そのものに対しても、西欧的な見方がされている気がします。

論語にはよく「君子はXXXXX」という表現が出てきますが、
この君子という言葉は、今では「立派な人」と解釈されていて
「立派な人になるためにはxxxx」という文脈で通用してますが、
孔子がいた春秋戦国時代の君子とは、支配者、為政者、有識者という意味しかありません。
つまりもともと支配階級のための道徳規範で、庶民には無関係なものでした。

そのせいで階級社会を是認する思想と批判されることもありますが、
当時は君主は絶対で、庶民がどう頑張っても世の中が変わらない時代でした。
そこで、なにより君主がまともでなければならない、というのが論語の主旨で、
だからやたらと堅苦しい規範を、支配者層に押し付けたわけです。
逆に言うと、庶民には庶民のやり方があるはずなので好きにしてくれという感じです。
庶民が、とりわけ中国人があんな堅苦しい規範を受けいれるわけがありません。

その庶民のための宗教が、道教です。現世ご利益をもたらす神様がいっぱいいる、
いかにも庶民の宗教で、アジア全体に行き渡っています。
中国人圏では、道教、仏教、キリスト教、イスラム教の順に多く、
儒教信者はそれより少ないのではないでしょうか。
ちなみに儒教も宗教行事がちゃんとあり、孔子の子孫が暮らす山東省曲阜では、
それらしい儀式も行われています。ただ、他ではあまり聞きませんし、
ぱっと見、道教の儀式と区別がつきませんが。

華僑の人は、大陸にいた頃は道教寺院で先祖を祀ったでしょうけど、
日本に来てからは、大抵そこらの寺で供養します。
だからと言って改宗というほど大げさなものではなく、関帝廟のお参りもします。
日本人の仏教と神道の関係に似ていて、親しみを感じます。

しいて東アジア圏で儒教的な文化をあげれば、朱子学ですね。
これは儒教の一般ご家庭向け(特にインテリ層向け)という雰囲気で、
朝鮮半島は思い切り朱子学の影響を受けています。
日本は寺子屋で朱子学のさわりを勉強しますが、
宗教といえるほど定着はしていません。
実際、日本で儒教や朱子学の儀式なんて見たことないはずです。

明治以降は西欧化を進めたこともあり、西欧人が来日するようになります。
人間には原罪があるので、厳しい戒律が必要とするキリスト教の考え方は
儒教が君子に求める厳しさと似ているため、
アジアにも「ちゃんとした宗教」らしいのがあるじゃないか、
アジアは儒教圏なんだろう、ということになったような気もします。
彼らの目には、仏教、老荘思想、神道などの鷹揚な世界観は
蛮族の奇妙な風俗としか思えなかったような気がします。

「性」という漢字は明治の翻訳?という私の質問にアンサー(知人から)

 

性という字は仏典では「しょう」と読み、傾向、性質などの意味です。
男性・女性(なんしょう、にょしょう)という言葉はありましたが、
単独で「男女の」という意味は全くありません。

江戸時代は、風呂屋では混浴で、漁師はチンコに藁を結わえ付けただけで漁に出ました。
男女とも、裸でさえそのままでは「性的な」ものではなく、
情欲にかられた様子を見て始めて、今で言う性的なものと感じていたようです。
ちょっとしたことでも「劣情をあおる」から禁止というのは
西欧人やイスラム原理主義の世界だけだと思います。

アラスカで水産物の取引をしていた友人は、エスキモーと仲良くなると
家に呼んで奥さんを夜伽に貸し出そうとするので困る、と言ってました。
世界の多くの場所と時代で、人間はかなり開放的に生きていて、
春画も現代人とは全く違う見え方をしていたような気がします。
江戸時代にはいろいろな禁令が出ましたが、「劣情をあおる」という理由は
あまりなかったように思います。心中物の演劇は禁止されましたが
それは死ぬからであって、男女愛を禁じたものではなかったと思います。

私はかなり以前から、周囲の日本人がまるで西欧人のような考え方をするのに
違和感を感じていました。性のタブー視もそうですが、
東アジアを「儒教圏」と呼ぶのもそうです。
なぜなら仏教徒やキリスト教徒はいても、儒教徒というのは
一人も思い当たらないし、世界中に道教の関帝廟や媽祖廟は無数にあっても
孔子廟はほとんどないからです。
このことは、昔から考えてたことなので、後日改めて。