老子 加島祥造自由訳 「自由と静けさ」

 blogtitle6 国を治めるんなら

その国なりのやり方が有効だろう。

国と国が戦うんなら

奇襲戦法をとるのが有効だろう。

だがね、この天下、

全世界が、グローバルに

鎮(しず)まり治まるには

そんなこっちゃ駄目なのさ。

どうしてそんなことが言えるかって?

だってよく見てごらんよ、

いま国々ではいろんな禁止や規則を

やたらに設けるもんだから、

少しの金持ちと多くの貧乏人ができてるじゃないか。

多くの人にいろんな武器を持たすから

どの国も不安や暴力につかまっている。

頭のまわる人間があれこれやって

新しい知識が生まれる。

そして知識が生まれれば生まれるほど

人びとは忙しくなる。

法規や税法を細かくすればするほど

網をくぐり抜ける悪党や盗っ人が

増えてるじゃないか。

こんな国々が集まったからって

全世界が静かに治まると思うかね?

この大きな世界が治まるには

国も人々も、

できるだけ相手の自由を尊重することだ。

そして静けさを愛することだ。

自由と静けさ、

それがあれば、人びとは自然に

よく働き、繁栄が生まれてくるんだ。

必要以上の欲望を持たなければ、

人はじつにゆったりした存在でいるものだよ。

こういう人々が

全世界にあふれてごらん。

そうしたら、グローバルな平和と調和が、

成り立つじゃないか。      

ブログ90本記念 原点に帰って (続)太古につながる生活者の目 立花隆「エーゲ」

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お陰様で3月18日から始まった「太古につながる生活者の目」というブログが90本目を迎えることになりました。途中から読み始めた読者もいらっしゃるかもしれませんので、3月20日に書いた記事を再録して、原点に帰ろうと思います。2度目の方はスルーして構いません。

 

前回は、「知の考古学」という雑誌の巻頭言から、この題名の由来について書かせてもらいましたが、今回は、立花隆さんの「エーゲ」(永遠回帰の海)(書籍情報社)からの引用になります。ページも列記します。20年を費やして完成したカメラマン須田慎太郎さんとのコラボ本ですが、その序にイタリアのシチリア島セリヌンテ神殿群を前にして「突如として私は、自分がこれまで歴史というものをどこか根本的なところで思い違いをしていたのに違いないと思いはじめていた。知識としての歴史はフェイクである。学校の教壇で教えられた歴史。歴史書の中の歴史。歴史家の説く歴史。記録や資料のなかに遺されている歴史。それらはすべてフェイクである。最も正統な歴史は、記録されざる歴史、語られざる歴史、後世の人が何も知らない歴史なのではあるまいか」(45頁)「記録された歴史などというものは、記録されなかった現実の総体にくらべたら、宇宙の総体と比較した針先ほどに微小なものだろう。宇宙の大部分が虚無の中に呑み込まれてあるように、歴史の大部分もまた虚無の中に呑み込まれてある」(46頁)

立花隆さん30歳のとき、地元の人も誰もいない遺跡群を前にして突如、湧き上がった感慨でした。自分たちの日常を考えればあたりまえのことですが。昨日のこと・現実はすべて表現はできない、表現するときは多くの何かを捨てている。数量化の比喩を使えば1%の現実を表現するのに99%の現実を捨てている。この繰り返しが歴史なのではあるまいか。日常の暮らしのなかで、会社であれ、家庭であれ、事件のなかにも、捨てられたものがたくさんあって、そのおかげでいまの自分がいるのではあるまいか。記録されなかった現実の総体が、実は、意図的または気づきもなく捨てられた現実でもある。その人がそこにいるということは、そこにいない人を山のように抱えているのだ。歴史はそういうものを丸抱えしたなんだか分析なり、調理を許さない、歴史学を嫌う生き物に見えてくるのは、私の妄想だろうか。現代にも、現代だからこそ、見つめていい視点ではないのか。それが時代を超えて太古の人ともつながる早道、深いところで共感できる生活者の目のような気がする。

 

寓話「第3回満月のときは朝まで宗教会議」。オブザーバー孔子・仏陀・シャクシャイン

エラスムス
左エラスムス
ラスカサス
ドミニク会修道士 ラスカサス

司会(フロイト)「では、まずイエスさんから。」

(イエス)「まず、シャクシャインさんの言葉に、一神教には何か恨みがこもっているという話がありましたが、それは本当に愛について誤解されてると思います。たぶん、1096年から1270年までイスラム教徒との十字軍を初め、16世の同じキリスト教徒でありながらの殺し合いを続けてしまった、キリスト教徒の国として恥ずかしく、インカ帝国の金銀を略奪したベネチァの強盗団をカトリックの牙城スペイン国王が認証を与え、インディアンが人間かどうかという有名なバリャドリ論争をもたらしたことも恥ずかしく思います。非ヨーロッパの人々へ愛を向ける前に、果たして彼らが人間かどうかを議論していたのですから。イスラム教徒に対する愛もね。さらに同じキリスト教徒間でも愛より憎しみの量が全ヨーロッパを覆ってしましました。小人数の原始キリスト教時代には、そういうことがなかったのですが。(汝の敵を愛せよとか左の頬を打たれたら右も出しなさい)とか、現実の領主や教会は目の前の利益を最優先に生きてきたことは大いに反省しておりますが、しかし、そういうなかにあってもエラスムス・トマスモア、セバスチャン・カステリオンや(インディオに関する簡潔な報告)を書いたベネディクト修道院のラス・カサスさん、モンテーニュさんもいたわけで、忘れてほしくありません。」

(フロイト)「十字軍の話が出ましたが、ムハンマドさんはどうですか?エルサレムが偶然のいうか必然というか一神教の聖地であるがゆえの場所の取りあいから、宝飾品の強奪がイタリヤ各都市や商業人が同行して泥棒行為をしていたわけですが、いかがですか?」

(ムハンマド)「十字軍の始まりそのものが、イスラム教徒であったセルジュックトルコがイスタンブール初めビザンツ帝国へ侵入していって、ビザンツが助けてコールをローマのキリスト教国へ呼びかけたのが始まりですから、こちらにも非があると言えばあるわけです。1回目は、十字軍はエルサレムを奪還しましたね。しかし、何回も十字軍を重ねるうちに貧しい西欧は、豊かな土地やイスラム経済の豊かさに触れていきました。特に4回目の十字軍は露骨にベネチアの商人が宗教というより、サラセン諸国の文物が目当ての一団でした。イスラムはギリシャの哲学書や文化を大切に保管していました。ギリシャ語からアラビア語に翻訳しておきました。その蓄積からルネサンスが生み出されたわけで、アラビア語から今度はラテン語へと再翻訳されて、近代ヨーロッパが花開いたわけです。そういう文化の伝授をヨーロッパ諸国は幼稚園や小学校から教えていますか?それを幼いうちから教え込めば、お互いの理解や感謝の気持ちが芽生えると思いますよ。愛についてはまた後でお話します」

(フロイト)「モーセさんの方から何かひとことお願いします」

(モーセ)「いま、ムハンマドさんがおっしゃったことは、大事なポイントでイスラム教徒がいなければ近・現代のヨーロッパはなかったということです。これは朝鮮文化がなければいまの日本の仏像はじめ焼き物や建物もなかったのと似ていますね。単独で独立で生まれる文化は実は何もないと思うといいですね。私も預言者に列せられているわけですが、エジプトで影響を受けた一神教、それが誰の発案でどういう文字・記録があるかわかりませんが、それがないといまの私はありません。モーセ5書という文書もありますが、あれだってまだ沢山の文書があっても主要なものだけ選んだに過ぎません。死海かその近くにまだ眠ってるか失われた大事な文書があったかもしれません。それはキリスト教やコーランにも言えて、語られてないものにひょっとして最も大事な言葉があるかもしれません。ただ、残されたものだけで判断すると大きな間違いになったり、都合のいい文や言葉をうまく権力者が別な目的で利用したりして、信者を動かします。新興宗教はほとんど換骨奪胎でできてるようなものです。アメリカのマスコミを使った原理主義も勢いあります。皆さんの話を聞いて、私が死んで約3200年が経過してますが、ざっと人間の歴史を見てみると、果たして宗教という存在、特に一神教が人類に与えた功罪は、この際きっちり遠慮なく語ってもいいと思いますが、皆さんどうでしょうか?」

(フロイト)「ユダヤ教における預言者になっているモーセさんから爆弾発言が出てきました。ここまで言われると愛については、また後で語る題材になりますが、よろしいですか?」

イエス・ムハンマド・釈迦・孔子・シャクシャインうなづく

 ここで休憩タイムに入る(第3回終了)

なお、第1回は6月8日、第2回は6月10日に掲載済みです。