慣用句読み替え(3月21日再録)「瓜田に履を納(い)れず、李下に冠を正さず」

青空

こういう謙虚な生き方を忘れて久しい。再度、掲載する次第だ。別にこの国に限らない。中国も地方の共産党支部への非難が凄い。私の周りにもこれに類する人たちがたくさんいる。本人は気付いてないのが難点だ。気づきたくないというのが本音かもしれない。官僚化した民間会社にもよく見える光景だ。

「瓜田に履を納(い)れず、李下に冠を正さず」。天子たるものの心得として、瓜(うり)の成る畑で靴を直したり、スモモの実がついた木の下で手を伸ばして頭の冠を直すと、どちらも盗みを働いてるように見えるから、疑われやすいことはするなと答えるのが漢文を習った私たちの答えだ。

しかしここに、この天子は実は当時の公務員(官僚)たちのことを言っているという本をどこかで読んだ。官僚たちは、税金で食べていて、もともとが農民からみれば泥棒に見える。初めから泥棒と思われてるから、役人はさらに疑われるような行為はしてはいけないという戒めだというのだ。なるほど、こちらのほうが合点がいくし、現代の中国に限らず、この国の不祥事を見ても、2000年以上にわたり世界中で蔓延する事態だ。こう読み替えたほうが慣用句が普遍性を持つと思うのは私だけだろうか。

ただ、ネックは教科書の検定は役所、教える教師も多くが公務員であったとしたら、果たして、教室で子供たちを前にして「この言葉はね、私たち公務員は、民間の人からみたら泥棒と思われていて、その人たちからさらに泥棒と疑われる行いはするなという慣用句だよ」と果たして子供たちに教えられるものかどうか?役所化した民間の企業も稼いできている販売や営業、モノづくりの現場からみて、上司たちがそう見えるときがあるかもしれない。

 

知人の弁護士が急死して、お別れ会も終わり、近くの居酒屋で大学の同級生6人で入ろうとしたら、公務員ふたりがなかなか店に入ってこない。どうしてだと聞くと、役所と利害関係のある民間会社の人間と飲み食いは禁じられているとのことで躊躇していたのだ。葬儀の後もそうなのか。そのときは電気メーカー、マスコミ、税理士、病院関係者の4人であった。結局、6人でわいわい思い出話にはなったものの、民間は隙あらば、公務員である自分たちを利用して、自分の会社へ利益誘導する危険な存在・・みたいに見下されてる感じであった。そういう民間の人間との付き合いを目撃されて通報されると後でいろいろ面倒なんだと言っていた。

「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」を実感した夜であった。

 

イベントするとわかること。会議は祭りか眠りか?!

Better-Nation_org_

昨日の続きで、私もイベントをたくさん手がけお手伝いもしてきた。イベント嫌いは必ず社内にいます。半面、普段はおとなしいがイベントになると目立って活躍する男女もいます。イベントは祭りで、清濁併せのみです。祭りをすれば鬼が出る。

ゲレンデスキーが全盛の頃、市民会館でスキー板のプレゼントやウエアが当たる抽選会付き「スキー映画の夕べ」を開催していた。印刷遅れの冊子が封入後到着し、再度、袋へ入れ直す作業が発生した。主催の新聞社の部長も小気味よく動きだし、アルバイト学生と一緒に楽しくお喋りしながら働きだした瞬間、「部長、これは部長のする仕事ではありませんから、あちらで休んでいてください。」と次長さん。「おれ、こういう仕事が好きなんだよ」としばらく続けた後、休憩所へ戻っていった。このままいくと次長も袋詰めを始めなくてはいけないストーリーだからね。

私は、「大組織は面白いものだ。でもこういうことを繰り返していると、現場が実は毎日どういうことをしているのかという想像力を磨滅させることになるんだけど」と思う。私の勤務していた会社へ出向してきた役員も「親会社は会議が一番大事だ。何をおいても会議には駆けつける会社だ」と自慢・豪語していた。まったく仕事ができない人だったから会議は唯一自分の役割を誇示できる機会なのだ。お客さんとの大きな商いの切羽詰まった交渉があっても、社内会議が第一優先で、「先方に会議終了後、行くと伝えればいいじゃないか」。営業はお客さんあっての仕事・売上・数字なんですけど。

中身は時間つぶしの会議、責任回避の会議、上司へのゴマスリ度がわかる会議、座る場所が固定された会議もあれば自由席の会議もあって、私もたくさん出たが、百分の一に減らして欲しかった。会議も実は祭り・イベントだと思えば、やっぱり鬼が出てくる。「社長、私はどこまでも社長へついていきます」と発言した部長が、次の年に役員へ昇格したのも会議での発言が功を奏したのである。

しかし、次の社長が来ると飛ばされ、退社した。社長同士、仲が悪かったのである。通常のイベントの話に戻すと、実はこれは社員だけではなくて、アルバイト時代から芽生えていて、サボリ癖のある大学生、キビキビ働く大学生、きちんと丁寧語を話せる大学生、笑顔を出せる大学生。いまならスマホをいじりながらバイトする学生も多いだろうね。町内会でもPTAでもある。

私は大学生を7年間していたので、アルバイトの種類は10種を超える。手抜きをしないで働いてきたつもりだ、勉学しないで。付属図書館通いとアルバイトの日々。

学生時代、印象深いのは、ラーゲリ帰りのロシア文学者の内村剛介さんも参加していた「スラブ研究会」に自由参加することであった。パステルナーク研究者やドストエフスキー研究者、ゲルツェンを翻訳する人、多彩な人々の群れであった。内村さんが当時、ベストセラー「ソルジェニティンの収容所列島は角栄の日本列島改造論の悪乗り訳で実は収容所群島なんだよ」と教えられた。点々と続く島々だと。言われてみればそうだ。立花隆さんのラーゲリ帰りの香月泰男さんについて書き下ろしもある。内村さんの新書でも香月さんの絵を使っていたと記憶する。

テーマとは全然関係ない話になっていくが、ロシア文学研究会の会議(?)は面白い。眠くならない。刺激的。そうなんだ、刺激的な会議なら眠りを覚まし、既成の回路を破って心地よくする。イベントは非日常の祭りなら、どうせやるなら似たり寄ったりの祭りにならぬよう、こころがけたい。

 

カルチャーショック的人生

祭りカメ

10月3日、北海道庁赤レンガ広場で道内の農畜産物フェアがあって、筆者も豚肉とお米の試食コーナーでお手伝い。ほぼ同世代の男2人、女2人。男の相方が凄かった。豚肉を焼いて、小さなに紙コップに入れて11時から3時までに3回、合計50キロの豚肉を焼いては無料試食で並んだお客に渡す仕事だ。

相方の男が「私、日常、台所仕事できません。焼肉とかできないので、看板を持って、並ぶ列の整理をします」と言って逃げてしまった。女性一人は渡す係、もう一人は肉を補給してさっと焼いて私のところへ。焼きはじめるとしかし、「美味しそう、食べてみよう」と真っ先に試食して「美味い」。昼の弁当も誰よりも早く食べ始める。きょうの朝ご飯を抜いてきたんだね・・と思うと同情もするが・・。

元々、東京の調査会社に勤めていて、自分は市場調査をまとめるコピーを書いていて、札幌で同業に転職して3年ほど在職して、現在に至り、独身。ブログもやっていて、一日2000は来ますよと豪語していたが実は「ネット販売で儲けている」のだと。彼は私に郵便貯金の通帳の残高を見せて(こんなこと普通はしない)「毎日、何百円とか入っているでしょう?」。私の見るところ、高くて1000円だ。

部屋の中は、これから売る商品で溢れていて、冷蔵庫も置いていない。そうだよね、料理をしないのだから。夜の8時には就寝、そして3時に起きて売れてるかどうかパソコンをチェックする毎日なのだと。こういう人生ってあるんだなあと思う。同世代で。

バイトの帰りはコーヒーでも飲んで雑談をする私だが、豚の脂でジャンパー、シャツ、髪の毛、靴(豚肉落下)に匂い染み込み喫茶店へ行くのも憚られた。それ以上に、早くこの人と別れたかった。アルバイト代をもらっているのだから、それなりの働きをしないといけない価値観がないのだから、きっと営業職で働いたことがないと推測する。

とはいえ、西洋骨董のお客の買いっぷりといい、今日の焼肉バイトマンといい、カルチャーショックが続く。自分が長年、狭い世界で生きてきたことを痛感する。まだまだカルチャーショックの旅は続くだろうね。

お客では老人が、よく話しかけてきた。長蛇の列もなんのその。話し相手、お喋り相手が欲しいのだろう。久しぶりに立ちっぱなしの仕事で物を売る売り子さんの苦労がわかる。両腕を使い続けて気持ちのいい汗をかいた一日であった。子供が落とした豚肉をカラスが取りに来た。道庁はカラスの名所だ。そして池には20センチ大のなカメさんがたくさんいる。成長し過ぎて自宅で飼うのに困って、道庁の池に放しにくるのだ。カモとカメが共存する池に変貌している。