塩の世界史~歴史を動かした小さな粒~

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地味な本ながら440ページの「塩の世界史」(マーク・カーランスキー著 扶桑社)を借りてきてポカリスエットを飲みながら読み始めた。現在、中公文庫で2冊本で同著を買える。


サラリー(給与)やサラリーマンという言葉の起源がsalt(塩)から来ていることは誰もがご存知なはずだけど、そもそも塩の持つ意味、生物が存在するために必要不可欠な物質だということは当たり前すぎてなかなか客観的にさらに知ろうとする人は少ないと思う。血や涙や汗や人間のあらゆる部分に塩は含まれている。


水分でさえ塩がなかったら、細胞は栄養を取ることができず、脱水を起こして死ぬ。ご存知のようにポカリスエットを推薦するわけではないが、成分にナトリウムが含まれているのもそんなわけだ。小児科医に「ポカリを飲ませなさい」と発熱した子供を連れて行くと最後によく言われたものだ。点滴液にも必ず成分に塩化ナトリウムが含まれている。


乳幼児向けミルクに、塩化マグネシウム、塩化カリウム、塩化ナトリウムという3種の塩分が含まれているのも、ナトリウムは人間の体内では作れないし、ナトリウムなしには栄養分や酸素を運ぶことも、神経部分のインパルス伝導や、心臓の筋肉運動が停止する。成人のカラダには約250gの塩分が含まれている。身体機能で汗を書いたり、血を流したり、尿を出したりしするので常に失われた塩を補給しないといけない。血を舐めることは塩分の補給につもながる。


生きるために必須な栄養素は各種ビタミンはじめ数々あるだろうけど、塩のありがたさをかみしめたいものである。塩はさらに人間が生きるために必要な食糧の防腐作用があり、食料有効期限を延ばしたりする。ミイイラ作りにも防腐剤として使われている。生命の維持の持続性と防腐する意味での永遠性の両極を塩は持っている。旧約聖書でも新約でも「神の前における永遠の塩の契約」という表現もあるくらい、神からの贈り物という小さな粒だ。


保存についても家畜の肉の保存に有効であるがゆえに、塩が最古の交易品とも言われて、これが塩が国家の専売制へとつながってゆくし、塩は富の象徴とされた。中国やローマ、フランス、ベトナム、アプスブルグ家など軍資金を調達するために塩に税金をかけたり、軍人や役人へ給料を塩で払われてきたこともある。紀元前12世紀、塩税を論じた文献が中国で発見されている。


蛇足ながら、海水の塩分濃度は3.1%~3.9%、ヒトは0.9%と低い。塩分濃度が世界一の死海は30%の塩分濃度がある。世界中、どこでも塩がある。海辺でなくても陸地はすべてもともと海であったから塩が取れる。しかし、なぜ、海に塩が形成されたのか?酸性の海であったのに。


さらに、なぜ酸性の海になったのか?水はどうしてできたのか?隕石に含まれる水分が地球に衝突して・・という話もあるが、これだけの水量をまさか隕石が運んでくるわけはないだろうと思う。水がなければ雲はできないし、雨も降らない。塩と水の話であった。この本を読み進んで、紹介できる面白い話があれば、再度ブログに紹介しますのでお楽しみに。サラリーマンは塩を運ぶ人、今も昔も給与を運ぶ人、若い人は亭主をATMと称するらしい。せめて塩を運ぶ人くらいに言って欲しいものである。

豪華な客船には棺桶が5つほどある。

具体的な旅行代店や出発港や時期については書けないが、表題のとおり、長期にわたる船旅にはこっそり棺桶が置かれている話だ。


先日、10年ぶりに妻がOL時代の友人に会って長話をした折り、3カ月に及ぶ豪華船旅にひとりで友人が参加したときの話である。ご主人は長い脳外科での手術の失敗もあり、胃ろうでの生活をしたが残念ながら亡くなり、10年以上にわたるご主人の介護を終えて、お金の自由さもあって、海外旅行に目覚め、たくさんの国を旅して楽しんできた。


今回、飛行機ではなくて、初めての長期の豪華船旅に挑戦した。ところが帰港までに4人が亡くなり、全員男性であったと。普通、死んだ話は船の中では極秘にされているから、亡くなった男性の幾人かは夫婦で参加され、それで皆の知るところとなったのかもしれない。ひとりはシャワールムで3人はプールでの心臓麻痺であった。


長旅ゆえ、医師と看護師も乗船しているから、健康管理には万全を尽くしていても高齢者が多いために、経験的に「棺桶を5個、用意する」らしい。主催会社や参加人数で変動はあるとは思うが。一番の苦労は環境の変化だったと。船旅に慣れるのに、船上での日常生活のリズムを取り戻すのに約1カ月かかったと62歳の妻の友人は言っていた。若い人は、初めは適応力が強くルンルン楽しんでいるが、しばらくしてから船上暮らしが心身にこたえてくると。


高齢であればなおのこと、環境への適応に時間がかかるし、ストレスも陸上で暮らしていく何倍もかかるのかもしれない。何百メートルの長さの豪華客船とはいえ、所詮、数百メートルである。自分の家の周りを考えてみれば、狭いものであり、圧迫感を覚えない方がおかしいくらいだ。女性はすぐに他の女性たちと打ち解けあい雑談に入れる人が多いのに、男たちは困った感が強い。水平な会話が苦手なのだ。縦会話に終始したサラリーマン暮らしや経営者暮らしの癖が死ぬまで取れない人が多い。


お金持の入る老健施設を観察したことがあるが、女性たちがランチを皆で集まって会話しながら楽しそうに食べているのに、男はポツンと離れ離れに食べている光景を何度も見た。会話力が無いと狭い船の中で抱えるストレスは相当なものになる。生きてる間に「豪華な船の旅」を夢見る老人は多いと思うが、特に男の人は気をつけて欲しい長旅であると思った次第である。


狭い空間に3カ月もいると、それぞれの人間性がストレートに出てくるから、怖い面もありそうだ。楽しい旅が還らぬ旅に、男はなりやすいかもしれない。客船のどこかに置かれた棺桶には入りたくないものである。死んだら、次の寄港地から飛行機で日本へすぐに運ばれるのだろうか?そのまま冷凍化されて旅を続けるのか。ヘリコプターで遺体がエリポートに着くのか、そこまでは話されなかった。

満州建国大学という存在。

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読書家の友人から先日メールで「五色の虹」~満州建国大学卒業生たちの戦後~(三浦英之著 集英社)を読んだと知らされて、えっそんな大学名をはじめて聞いたと思い、さっそく図書館から借りてきて読んでみた。1938年5月開学、9期生まで1400人在籍。


日中戦争当時、満州に設立したエリート大学で定員150名で応募は2万人を超え、日本人、中国人、朝鮮人、ロシア人、モンゴル人の各民族から優れたエリートたちを選抜して、卒業まで学内では試験を行わず、給与も支給され、「言論の自由」という特権も与えられ、毎日世界情勢について喧々諤々を自由に交わしていた日本がはじめて作った世界大学である。もちろん日本の外交施策批判もOKである。


場所は満州帝国の首都、新京(長春)で南満州鉄道沿い。当時、五族協和という理念が日蓮宗徒・石原莞爾(関東軍作戦参謀)らによって提唱され、満州国を作り、満州国皇帝に清朝最後の皇帝溥儀を君臨させた。たった6年間の大学ではあったが、敗戦と当時にバラバラになった卒業生たちの行方を丹念に追った本だ。敗戦で大学を閉めるときに、すべての資料を残さないよう焼却させた。大学にはマルクスレーニン主義を学ぶための全集もあり、自由にそれを読んでいたし、眠るときは、同じ民族同士が並ばないよう配慮され、違う民族同士が相互理解を深め、それが未来にそれぞれの民族の指導者になったときに活かされるはずという理念でもあった。


語学も他民族の言語をお互い学び合う理想的な学び舎ではあったが、いかんせん、大学の外は戦争状態で、中国は国民党と共産党の内戦、日本は抗日運動にやられ、北からはロシア軍が迫り、朝鮮でも反日運動の生死を賭けてる時代に、「言論の自由」「若さと高邁な民族協和の理想」に目覚めた学生たち。ある者はシベリアに送られ強制収容所、そして帰還と現地での死。中国国民党に入り、後に共産党政権から「売国奴」とののしられる卒業生、帰国して新聞社に入り仕事をする人もいる。


取材当時ですでに80歳を超える人たちは、しかし、同窓会名簿はしっかり作成して生きてる大学同窓会名簿。そこの連絡先を頼りに、連絡して「当時の生活」「なぜ満州大学を受けようと思ったか」そして、一番は1945年8月15日から今まで、どういう暮らしや苦労をしてきたか聞き取りをしていく。これ以上、この取材を伸ばせば満州大学の卒業生が世の中にいなくなる。記録されないことは記憶に残らない。


この本を読んで、つくづく国家ってなんだろう?民族って何だろうと思う。この満州建国大学構内は平和であっても外は殺戮の嵐。はじめ5色という言葉は、五族協和という五から取られたと思ったが、あとがきで著者が南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が人種や民族の違いを超えた多民族国家を目指そうと、自国を複数の色が合わさる「レインボー・ネーション」(虹の国)にたとえた歴史的な演説から理想を語った、すなわち満州建国大学の理念も同じであったということで使われている。


しかし、現実は、当時も今も、民族や人種に加えて宗教も混合して、下手したら、当時よりたちの悪い世界に入ってるかもしれない。自宅前を昼ごろ、近所の専門学校生が歩きスマホで「ポケモンゴー」をしながら歩いて行った。私もi-padでダウンロードしたら自宅に1個キャラクターがいたことを彼らに告げると「こういうゲームができる平和がいいですね」とかえってきた。世界中の民族や宗教を超えて「ポケモンゴー」に夢中にって、殺戮を忘れることの思考の癖が蔓延しますように。

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