オリンピックは世界のお荷物イベント!?(5年前の記事)

 中止 1944年 ロンドン イギリス
14 1948年 ロンドン イギリス
15 1952年 ヘルシンキ フィンランド
16 1956年 メルボルン オーストラリア
17 1960年 ローマ イタリア
18 1964年 東京(予算を遥かにオーバー) 日本
19 1968年 メキシコシティ(流血の大規模デモ発生) メキシコ
20 1972年 ミュンヘン(選手村でテロ事件発生) 西ドイツ
21 1976年 モントリオール(開催費用は予算の8倍。大赤字) カナダ
22 1980年 モスクワ(ソ連のアフガン侵攻でボイコット) ソ連
23 1984年 ロサンゼルス(市自身は開催拒否、詳細は下記へ記す) アメリカ
24 1988年 ソウル 韓国
25 1992年 バルセロナ スペイン
26 1996年 アトランタ アメリカ
27 2000年 シドニー オーストラリア
28 2004年 アテネ(当初予算の16倍)後にギリシャ財政危機 ギリシャ
29 2008年 北京(施設建設で強制的な立ち退きで泣く住民) 中国
30 2012年 ロンドン(当初予算の5倍) イギリス
31 2016年 リオデジャネイロ(ブラジル大統領辞職・五輪開催反対デモ) ブラジル
32 2020年 東京(森VS猪瀬、国立競技場、エンブレム、舛添都知事) 日本

 

オリンピックを一覧表にしてみた、コメント入れて。『ニューズウィーク』2016年2月2日号に『五輪はもはやお荷物なのか』という特集記事がある。オックスフォード大学経営大学院が1960年~2012年まで開催された五輪の予算を調査したものだ。予算資料が非常に入手しづらく信頼に足りる数字が難しかったが、すべてのオリンピックが予算をオーバーしていた。平均179%だ。しかも、オリンピックは政治そのもの、国税の大量投下がないと成立しない。アテネなんて野球場を無理やり作って、いまはどうなっているか。日本のマスコミは監督は誰だとか選ばれる選手はああだこうだとうるさいが。

奇妙なことに64年の東京大会を含む3分の1の大会ではデータを入手できない現象があった。税金を大量に投下するイベントなので『お金の収支を隠す癖のあるイベント』だということ。なぜなら、明瞭にしたら国民が怒る・『やめてしまえ!』という運動に発展、その責任を問われるからだろうと推測する。

唯一、ロスアンゼルス大会は、当初、市自身は立候補を拒んだが、IOCは民間団体でも立候補できるように規約を急遽変更して、広告代理店を大幅に関与させて、放映権料を民間企業の負担させて(電通の関与が始まり、旨みを知る)、さらにロスアンゼルスはインフラが元々整備もされていて、施設建設費が少なくて済み、2億1500ドルの黒字にした。商業オリンピックの始まりだ。

IOC委員も各種接待、金銭授受で開催地競争が激しくなればなるほど儲かる仕組みだ。開催都市視察と名を借りての大名行列で、袖の下を渡す国も多いし、それをまた『隠す』。国自身が金を渡せば問題になるから、広告会社を経由したり、広告会社は直接責任が来ないようダミー会社を使う。危なくなったら潰せばいい。すべては結果オーライでいこう。しかし、新施設は壊さない限り、維持管理費が税金や自治体の負担で財政を圧迫し続ける。ゼネコンや電通は知らぬ顔である。儲けたら後は野となれ山となれだ。日本中でバブル期、作られたテーマパークが不動産や建設会社が地方財政を猛赤字化したことを思い出す。企画書では、開催終了後は、こういうイベントで使えますと文章を加えてJOCの歴々の素人を煙に巻くのはお手の物。

今回のフランスから発表された東京の誘致運動での金銭渡し疑惑はたぶんこの例だろうと思う。しかし、これには税金が投入されている。招致運動の企画書、制作物には電通が強く関与している。テレビ局がどこまで事件を掘り下げられるか見ものであるが、たぶんできないだろうと思う。トヨタやKDDI、パナソニックなどテレビ局のゴールデンタイムがほぼ電通で買い占められ、BS放送のCM枠も抑えられてるから、できるとしたら経営の半分を購読料と不動産収入で持っている新聞だが・・・。

しかし、この時代にまだ『平和の象徴 オリンピックって必要なの?』という問いかけだ。広告会社とゼネコン、警備会社、ホテルや飛行機会社、テレビ局(バカ高い放映権料を主催者に払うから入るCM代金と釣り合うか微妙)。残るのは借金のヤマ。次々と世界で難民発生、中流階層の縮小、貧民の増加の時代に、現実に目隠しをするイベントやってていいのだろうか。もう世界は目を覚ましてもいいと思う。

olympics201936

『俺たちの脳みそは、原始人の時代からはほとんど進歩していない』(ビートたけし)

北野武『全思考北野武』(幻冬舎161p)。ネアンデルター人だろうと現代に来てパソコンさくさく使える、スマホ使えるくらいの頭は持っているので、現代人はそんなに賢くもないよと遠回しに言っている。『文明の利器なんてものは、大半の人間にとっては、ただの魔法の箱、理解不能のブラックボックスだ。俺たちの頭の中身は、何千年も昔の人とまったく変わっていない。人類の文明を発達させたのは、ごく一握りの天才なのだ』。ブログを書いているデスクトップパソコンの中身はまだ開けたことはないし、自家用車にしても車の仕組みについてはからっきしだめ。テレビにしても映る仕組みについては無知に等しい。ただ使ってるだけ。故障したら直せない。ネアンデルタール人が獣を屠るとき、石矢の先から鋭さが消えたら、磨いたり、新しい矢をつくれる。何でも箱の中に入れ、見えない世界をつくることで秘密を囲われているようだ。(霞が関官僚みたいだ)CDでもどうして音が出てくるのか、DVDがどうして映像と音が再生されるのか。スマホや携帯に何個の部品があって、その機能がどう果たされているのか。なぜ、音が聞こえるのか。正確に答えられる人がどのくらいいるのか?ネアンデルタール人と現代人の脳は働き方において変わらないのではないだろうか。新型コロナウィルスについても、免疫の仕組みについて借りてきて読んでいるが難しい。そもそもウィルスがどうして出てきたのか?人類の歴史とともに古く「疫病の世界史が人間の歴史をつくる」ようにも見える。ウィルスは進化の原則からいくと生命の最小単位ウィルスが多細胞生物へ進んだとする説(今はやりのRNAワールド)と、元々、生物の体(細胞)にあったウィルスが外に飛び出したとする説がある。外に飛び出したので故郷に帰ってきたがる。細胞からの飛び出し説は世界の免疫学者多田富雄さん・日沼頼雄夫さんたちもその説だ(対談ウィルスの意味論)。細胞から飛び出してはみたものの、故郷へ帰りたくなり、また人間の細胞に感染しにくる、パンデミックは人の細胞に回帰するウィルスの巨大な物語だともいえる。ただ、ウィルス感染の仕組みについて解明され(?)、ワクチンが打たれはじめてはきたが、コロナのおかげでこれまで見えなかった人種差別や金持ちがこっそりワクチンを購入し、金の力で生き延びようとする富者の群れ(まるで芥川龍之介のクモの糸だ)を見せてくれる。

オンラインヨガをしている講師水野健二さんから投稿

私は33年間中央区でヨガ教室を運営してまいりましたが、このコロナ禍で昨年春にやむなく店じまいをしました。その後、ちまたの噂でZOOMというオンライミーティングがあると知り、早速取り入れ、元受講生の方が参加してくれて、カリキュラムなどそれなりに試行錯誤してきました。

 

ネットではYouTubeがあり、そこには盛んにヨガやストレッチ、筋トレなどあらゆるジャンルで存在しています。オンラインレッスンもネットでやることには違いがないのですが、ヨガをするとなると、ヨガは体操ではないので、心の分野を取りれなければなりません。ヨガには昔から八支則(ハッシソク)といって社会道徳、体、そして心の訓練のことが述べられています。教室ヨガの時はその雰囲気が掲示板やパネルなどで示されていましたので軽く扱えばよかったのですが、オンラインは異なります。体操になってはいけないのです。

 

 それで私の師である沖正弘先生の最晩年の書物「生きている宗教の発見」を使い、毎回レッスンの予定を添付ファイルに入れて、朗読したり、説明したりしています。沖先生の言葉には残しておきたい多くの語録があります。

 例えば「人間には他の生物にない一大特性が与えられています。それは適応性を高め広め進化をつくり出し得る能力があることで 、私はこれが「仏性」というのだと悟りました。だからこそ人間だけは、心を高め聖化することができるのです。」などです。

 

 さて、動きですが、ヨガの動きは他の体操とちょっと違ったものがあります。長年、動きを作ってきてつながりの意識と言うのでしょうか、これがとても大切なのです。体全体で私たちは動いています。手をあげるのにしても、足や尻に力が入ります。これを意識しないと動きが悪くなり故障の原因となります。詳しくは拙著「体が硬い人のためのヨガ大全」(PHP出版)をご参照ください。

 

さてオンラインレッスンをするときの機材についてご紹介します。本来アプリのZOOMはミーティング用なので体全体の動きを見せるためには少々工夫が必要です。まずカメラ、これはパソコンのカメラレンズは写る範囲が狭く、もっと広角が必要なのでたまたま持っていたコンデジカメラを使っています。そしてマイクも聞こえないと言われ、これも別に揃えました。これでようやく形なっていますが、ここまで来るのに約半年かかりました。

 

最後にオンラインで大きなメリットがあります。それは新潟の私のヨガ仲間とつながったことです。そしてただいま月1回の現在6回目のコラボヨガセミナーと称して昔我々が習った沖ヨガ道場、沖先生の逸話などを話しをしながら新潟、北海道の皆さんと交流をしています。オンラインでつながっていると新潟の豪雪の話などは身近なものになります。

 

 今やコロナ禍で外出・集会ができなくなってしまい、オンラインはなくてはならないものになりました。大げさなパソコンでなくても今はスマホで映像を伴ったコミュニケーションもとれます。いずれこの自然災害が収まった時でも、この環境は利用されていくのではないでしょうか。関心、興味は人が生き続ける能力のひとつだと言われています。オンラインでこんなことができると言う何かの参考になればと幸いです。

https://mizunoyoga.com/blog/?p=1706