何が何でも戦争だけはしちゃいけない(黒澤明ほか多数)

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黒澤明「生きる言葉」(PHP、黒澤和子194p)。「どんな理由があっても、戦争だけはしてはいけない」「自分の大切な人が殺されそうになったら反撃しないのかって、よく反論されるんだ。そういうことじゃないんだ。戦争というものが始まってしまうと、虫も殺せなかった人間が人を殺し、こころ優しい人間も身内を守るために鬼の形相になる。戦禍の中では自分が生きていくだけで精一杯、人間が人間でなくなるから怖い」「戦争を始めるのは簡単だ。でも巻き込まれた人間の心が立ち直るまで、さらに世代を超えて累々と悲しみは続くんだよ」

娘さんの和子さんが父黒澤明の残した言葉のアンソロジー集から。きょうのブログは300文字でおしまい。

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身近なお金に関するトラブル(第1回)

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お金に関するトラブルがない企業や町内会や役所はゼロだ。マンションの管理組合でも積立金を生活費に流用していた理事や会計の人間がいた。目の前に現ナマがあると、人間は変わりやすい。ちょっと拝借、後で返すよと思っても、繰り返すうちに横領になってしまう、当初は返せても。

これは、寸借癖ともいえて、私の隣の一人暮らしのおばあちゃんも近所の奥さんへ10万円貸して取り返せなくて、しばらくしてから私へ相談に来た。私の家内にも3万円を借りたい旨来たが1万円で勘弁してもらった。向かいの家は8万円、さらに隣も10万円。軒並み借りまくっていたのが後々判明。あそこの奥さんは借金をしに来るから注意してねと隣近所言い合ったのは事件が起きて1年後だ。

借りるときは女性が一人のとき、旦那が亡くなっておばあちゃんのひとり暮らしとか、単身赴任者の夫を持つ主婦を狙う。それが不思議と、時間が経過して全額返ってくるから交番へ届ける犯罪にはならない。一体、どこで調達して返しているんだろうか。パチンコ屋さんで目撃されているから、大勝ちしたときに返すのかもしれない。団地全体で借りまくり主婦で有名だった。夫もいるのに気づかないのだろうか?

団地の町内会館をリフォームする際、数十万円の使途不明金が出た。町内会役員は全員、責任を取って辞職したが、飲み食いが頻繁な習慣の70歳台の役員たちだったから、それに使われたのだろうと住民は思っている。徹底的に追求しない豊かな財政の平和な団地だ。

会社の中でも、特に外注のデザイナーやライターをたくさん使う広告会社はキックバックを要求して私腹を肥やす。外注者はキックバック分の金額をあらかじめ上乗せするから要求に応じても金銭被害はゼロになる仕組みだ。営業は残業代がない企業も多く、接待費の費用にも限界もあり、仕事も派手で見え張りが多いから金を使うし、スポンサーも奢られるのはあったりまえという顔でくる。家庭の小遣いも限られて肩身が狭い中、ついつい自由のきく外注者へ『5万の仕事を7万で請求書出してもらえないか。経費で交際費が認められないんだよ』。業者は仕方がないと諦めて不正に手を貸すことになる。

キックバックといえば、以前は広告を取る側にいた人間が、今度は広告を出すスポンサー側に座ったとき、キックバックを要求して、後でバレて懲戒解雇になった。私は自分で言うのの恥ずかしいがいい企画提案を持って行っても、話も聞いてくれなかった。『売り上げの20%をあなた様へ差し上げますので聞いてください』と言えば仕事が発生したかもしれない。

車のデイーラーでも悪質な担当者がいて、以前は別な人間が広告の窓口であったが、彼に担当が変わると、別な広告会社を使うようになった。キックバックOKの広告会社とのみ付き合うのであった。2年経過して彼は懲戒解雇になったと聞いている。外資系の生保へ転職したらしいが、チャンスとあれば金銭面で同じことを繰り返すと思う、これ病気ですから。

 

 

サロンについて

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サンジエルマンデュプレ

2本目のブログを載せます、短いので。

『太古につながる生活者の目』のデザインは、いまはヨ-ロッパのカフェに集まる人たちが、飲みながらまたは食べながら、お喋りを楽しむ時間・空間を表現している。(筆者の住む町が雨の日はカフェも雨になり、赤い傘をさす少女が左下に登場する)昔はお金持ちのマダムが自宅のサロンを開放して、音楽家や小説家・哲学者・詩人ときに革命家や画家を招き入れて、紅茶や手製のお菓子を供して『サロン』をつくっていった。そこで大事なのは会話力やユーモアや口げんかの作法であったり、ときに政治への皮肉であったりする。ウィキペディアによると、サロンのハシリは・・・

『17世紀初めのランブイエ侯爵夫人カトリーヌ・ド・ヴィヴォンヌのサロンがはしりといわれる。ローマ駐在の外交官の娘として生まれ、イタリアの洗練された宮廷に親しんだ後、フランスに帰国した夫人にとって、アンリ4世の宮廷は非常に粗野なものと感じられた。そこで自宅に教養ある人々を招き、私的な集まりを開いた。そこでは、文学者が自作を朗読したり、文学論、演劇論が交わされるなどした。これを真似たサロンも開かれるようになり、モリエールの喜劇「滑稽な才女たち」Les Précieuses ridicules ではサロンでの気取った会話が痛烈に皮肉られた。その後も、フランスではヴェルサイユ宮殿などで、女主人を中心にした文学サロンが開かれた。ラ・ファイエット夫人ポンパドゥール夫人らのサロンなどが史上有名。ヴォルテール、ルソーら啓蒙主義の思想家たちもサロンに出入していた。女主人を囲む文学サロンの伝統は20世紀初め頃まで続き、その様子はプルーストの代表作「失われた時を求めて」にも描写されている。』

似た志向を持った人たちの発表の場を持って、洗練された(こういう体験が筆者は皆無)会話でお互い高め合うことができるんだ。日々の暮らしにアップアップではとうていこの世界に近づけない。そういう人たちから見たら、サロンは暇人の集団にしか見えない。私の通った大学の教授はの部屋にはドイツ語のカント全集が並べられて、そういう匂いはあったけど、研究室は囲碁の世界であった。学生運動の余燼残る。

日本中のあちこちに、主催者がいて、ゆったりした椅子とテーブル、1杯のコーヒーさえあれば何時間でも語りあえて、激せず話せる時間や空間はむしろ私は30代、40代に持っていた。極上のコーヒーを飲みながら。無責任な発言を繰り返せる自由さ、解放感は相手も同じように感じていたことだろう。夜のスナックをサロンとして使ってる人も企業経営者に多い。正真正銘のマダムがいる。しかしお金が続かない。

そのために、居酒屋やレストラン、ホテルの喫茶室もサロンに成り得るけど、一番のカギは私でありあなたの関心範囲と見識に尽きる。日本でも茶室や連句を作る場や、戦後は床屋や銭湯、居酒屋も似たような機能は果たしている。床屋の『ヘアサロン』でも深い話はずいぶんするから、ここもサロンだ。野菜や豆腐を買いに行った母も市場の立ち話から1時間も帰ってこない、当時のサロン的役割だ。何も西欧の専売特許ではない。疑似家族みたいな機能を持ってる。そうならヤクザ世界もそうかと言われたら答えようがない。女性同士はサロンつくりが上手だ。会社の中でも世間話でいっときその空間はサロンになる。問題はわれわれ男たちだ。