ヘルニアに見舞われて。ブログ500本到達。

人間のカラダはその存在が意識されない状態が一番健康な状態だと言われる。虫歯があれば痛いし、ドストエフスキーの小説でも「この虫歯の痛みがなくなれば世界が滅びてもいい」くらいの文章があるくらいだ。


現代はありがたいことに麻酔やモルヒネがある。抜歯するときに大いに助けられた。筆者は数年前から左下腹部にちくりと痛みが走っていた。男性ならわかると思うが私はてっきり、左側の玉玉ちゃんが骨の間に入ってそれと擦れている痛みと思っていたので、風呂上りやトイレでその出っ張りを下へ下げるべく両手で押し下げていた。しかし、冬期間は特にひどく歩いていても擦れて激痛も走り、仕事にならなかった。


先月、たまりかねて、道内でも有名な泌尿器科へ飛び込んだ。前立腺肥大またはガンを覚悟して。しかし、返事は「ヘルニアですね。前立腺ではありません。前立腺はもっと奥の方ですから。外科へ行ってください。」中学2年のときに雨の日に自転車で釣りに行き、寒い日でもあり、結果、膀胱炎になり、泌尿器科へはことのほか苦手意識取れず、検査や診療を伸び伸びにしていた。これが良くなかった。歩くときに上下運動を激しくすると腸が落ちてきてお腹が膨らみ痛みが走る。


「痛いときは横になりなさい」という医師のアドバイスで、自宅ではベッドに横になる時間が増えた。横になると腸が引っ込むので楽になる。そういえば、昔、同級生で「脱腸」とか言われて脱腸バンドをつけていた人もいた。また、特徴としてご飯とか肉類を多食すると腸に消化後の何が溜まるので、重くなり、腸が垂れやすくなるから、痛いなと思ったときは消化のいいものを食べて胃腸への負担を減らすと痛みが軽減するし、歩くときはそろそろ・静々と狂言や能舞台での歩き方になるように気をつけよう。


今週、筆者は簡単な手術をします。ちなみにヘルニアの歴史を調べると、紀元前16世紀のエジプトに鼠蹊ヘルニアの記述があるから、人類が直立二足歩行を始めたことで、必然的に腸が下がることが多くなって患者が増えたともいえる。ネアンデルタール人やクロマニヨン人にもきっとヘルニア患者がいたはずだと思うと、妙に嬉しさがこみあげてくる。最近、そういえば腹筋も鍛えてないし、お尻の筋肉も減り、痩せたのはいいが、いいことの半面、弊害も同時に出てくる。

縄文人も含めて日本人は何処から来たの?

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縄文ファンのためのフリーペーパだ。3万部。

6月4日に書いたブログであるが、このあと朝日新聞科学欄の記事やや日本人はどこから来たかという題名の本も出てきて、さらにアフリカのオーストラロピテクス(黒人)が中東付近でネアンデルタール人と交錯する話とか人類学は忙しくなってきた。日本列島を中心に考えると。まずは縄文人がいつごろどこからきたのかという話。次は弥生文化(稲作)はほぼ朝鮮から北九州あたりに上陸したのは確実みたいだ。それが、順次、西から東へ移動するも現在の長野県(信州は弥生文化を拒否)は通過して一気に東北へ伝播。諏訪神社の大木信仰(祭礼)の名残からNHKが分析していた。果たしてそうなのか?今一度お読みください。

知の相対性~もうひとつの日本の歴史~

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教科書で書かれた歴史は、統治した側から記録したものが多く、書かれなかった歴史、残された絵や版画、生活必要品や言語から推理できる歴史の再構築がフランスのルナール学派を中心に主流になって50年以上経過する。


日本でも実業家・渋沢栄一が宮本常一に命じてお金を出して、今のうちに集めておかないと庶民の歴史が無くなってしまう危機感から、日本中の民の歴史を収集させたのは有名な話だ。宮本常一は『普通の人』を『常民』と名付けた。ドイツ中世史の阿部謹也さんは丹念に版画1枚を分析して当時の暮らしを再構築して見せたり、日本中世史の網野善彦さんも富山の民家の倉に残された資料を読んで『百姓』は必ずしも『農民』ではなくて、百というたくさんの職業の総称であることを発見したり、私たちが知識として思い込まされてきたのが実際の内容とどれほど歪んだものなのかを見せてくれる。


誰も疑うことをせず思い込まされてきた知識を捨てられた瞬間は何とも気持ちがいい。たとえば日本国歌『君が代』が、明治時代、英国人から『欧州各国にには必ず国歌というものがある』と聞いて、慌てて近代国家として整えるために、英国人・ドイツ人・日本の雅楽者が一緒になって作った話だなんて、小学校の1年生の音楽の教科書の1ページ目になぜ掲載しないのか。なんでも国粋を第一義に考えると、真実を歪めてしまうから気をつけたい。(内田樹「日本辺境論」から)


嘘を100回言うと(真実)になってしまう。『政府は必ず嘘を言う』(堤美果)。これは、世界中で行われている嘘でロシアでも北朝鮮や中国でも英国でもアメリカでも変わらない。そのためにジャーナリストは政府を権力を監視するために存在理由があるのだが、アメリカのメディアもFOXやマードックに買収されて自立性を失っているからあてにならなくなってきた。NW貿易センタービルへの航空機激突も原因は闇の中、ケネデイーの暗殺もそうだし、リビアはじめイラクでの独裁者がいたがゆえに国内の政治的な混乱を防いでいたともいまなら言えるかもしれない。アメリカ流「民主主義の押し付け」をCIAを使って意図的に起こされた可能性もある。


ここでようやく本題のもうひとつの日本の歴史という考え方だ。


最近、『アイヌ学入門』を読んで、苦手であった日本の歴史が時間や空間でまとまり出した。それは私の住む場所に膨大な縄文人、縄文土器が採掘され、郷土博物館に並んでいるのを目にして、前は今の自分には関係が薄く、他人ごとのように眺めていたが、ネアンデルタール人やクロマニヨン人の動向や分子生物学からくるDNA研究、オスとメスの書物を読むにつけて、古代人・縄文人の息遣いや暮らしが筆者の頭をよぎるようになってきた。私の足元に歴史が転がっていることに改めて感動している。


アイヌの歴史が日本の歴史と交流貿易でも、金の採掘でも、武士社会で使われた1本の矢の羽がオオワシのものであったり、北海道各地で武士の鎧が発見され、富裕なアイヌが交易で購入していたり、さらに高価な食器類も発見され、和人との交易で買ったエカシ(長老)がいたのだと想像されて、明治や幕末以前にも信じられないくらいの交流がアイヌにあったことを知って歴史がつながるようになってきた。私の住む地面に大昔、縄文人が竪穴式住居を構えて、家族を養っていたことをブログを書きながら想像している自分がいる。私があたかも縄文人であるかのように。

 

 

トトロ峠が北海道深川市にあった。

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トトロ峠から眺める深川市街

木の名前

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猫バスも止まっていたので、きょうは読者の中に夏休みに入った子供を持つお父さんもいると思うので写真を紹介することにします。

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旭川から高速道路で札幌に向かって30分、お米と果樹栽培で有名な深川市がある。この街の山側にトトロ峠がある。DSC05302

 

漢字で戸外炉と書く。猫と犬の特集記事の中にあって、いつかは訊ねようと思っていた。旭山動物園に行く途中、深川で下車して行ってみた。全国の「となりのトトロ」ファンの巡礼スポットらしい。深川市職員はじめアウトドア好きが集まって、作った会の名前が「戸外炉」。戸外で炉を焚いて楽しむ会で、呼び名を「ととろ」としたのは映画よりこちらが早かった。

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その後、映画が大ヒットして、グループは近所の農家が休憩所として使っていた廃バスを「猫バス」で仕上げようとペンキで塗り、写真のようなバスに仕上げた。

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トトロの話に戻すとジブリの商品、猫バスを持参した2歳の男の子がぬいぐるみを抱えて記念撮影していたのが可愛かった。

おまけにトトロ峠の新しい楽曲もあったので載せます。

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また、夏の甲子園の北北海道代表が深川市にある」「クラーク国際高校」に決まった。ライスランド深川道の駅にポスターがあったので撮影してきました。

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旭山動物園、入り口付近の看板が面白いので撮影。

石屋製菓