寒いですね。私の住む町は新千歳空港の近く。ここは札幌より10度も温度が低い日があります。私は札幌から引っ越してきて、太平洋に近いのだからここは冬は暖かく雪も少なく、夏は暑いはずと思い込んでいましたが全く逆でした。冬はここは恵庭岳や樽前山と夕張山地に挟まれて盆地の様相を呈していて寒いのです。夏は苫小牧方面から涼しい風が入り、山々のせいか雲が多くてどんよりします。カラッとした札幌から戻るとひんやりした夏。この気候がウトナイ湖の湿地帯を形成します。その中に新千歳空港があります。真夏に濃霧がかかり、飛行機が欠航することもあります。
新千歳空港の近くに『美々(びび)』というJRの無人駅があります。普通電車でも(通過駅)で有名ですが、ここには縄文時代の美々貝塚が残っていて、車で見に行ったことがあります。昔は太平洋からここまで細い川がたくさん流れていて陸地に食い込んで、縄文人は美々を越えて恵庭の柏木川までやってきてます。この縄文人の正体は一体誰?という問いも成立します。千歳市のHPにある美々貝塚の資料にも縄文人は縄文人とだけ書いてあり、太平洋アイヌだという説を唱える人もいます。当然、オホーツクアイヌもいれば、日本海側にもいるので江戸時代になれば書き物がたくさんあるので資料からわずかにわかるにしても、アイヌは文字を持たず、伝承で親から子へ孫へと伝わるユーカラが主な記録で、文字を持つ和人側からの記録しかありません。
いったい縄文人の正体やいかん?です。私たちは小学校から縄文と弥生という時代区分を教わり、弥生が縄文より上等な文化的な暮らしをしていたような錯覚をしていますが、貧富の差や仲間を助ける生き方は、縄文時代のほうが優れて人間的な場面も多いのではと妄想するときがあります。私たちはいろいろな物に囲まれていて、人間の本質が隠されているかもしれず、縄文人の生き方は今の価値観から推理するしかありません。生きる上で、縄文人のほうが知識と技術において狭い専門で生きる現代人よりひょっとしてすぐれているかもしれない。
しかし、生き方はいろいろな物の使い方にも反映されるはず。昔から『子供に刃物を持たせると危ない』と言われています。まだ石の斧や棒切れなら数人を殺すくらいで済むかもしれません。しかし、核開発やネットワークによる言葉の暴力の氾濫を見ていると、人間は『まだまだ、どんな大学を出ていようと子供の域を出ていない』と感じるこのごろです。どこかで、人間の進化が間違ってしまったのかなと疑念を感じるこのごろです。見えないところで突然変異がおきているかもしれません。昨今のネットサイバーテロを含めて悪意の人たちが跳梁跋扈する現実。自身にしても神や仏ではないから、せめて自分がしてほしくないことは他人にはしないくらいの生き方を続けたいものです。
明日と明後日は『ビットコインについて』投稿原稿です。



